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植物

商店街の一角にある小さな花屋の店先で、車椅子の松永みち子が、店員の大塚真理子と楽しそうに花の鉢を眺めている。花の色に春の光が降りそそぎ、街路樹の青葉が輝いている。
「ほんとうにいい天気・・・」
みち子はそう言うと、にっこりと微笑んだ。
「ええ」
「こんな私でも、一年に何度かは、生きていて良かったって思える一日があるわ。若い方は、なおさらでしょう」
「もう若くはありませんわ」
「こんな美人をほっとくなんて・・・。世の男性の目は節穴ね」
真理子はつつましく微笑んだ。
みち子は花の鉢を指さした。
「これ、いただくわ」
「ありがとうございます。後ほどお届けにあがります」
「いつも有り難う」
「お気をつけて・・・!」
去っていくみち子の後姿を見送り、真理子が、みち子の選んだ鉢に手を伸ばしたときだった。横合いから、サッと野口誠人がその鉢を手に取った。
「これ」
真理子は少しあわてて、
「あ、いえ、申し訳ありません。これは今、先ほどのお客様が」
誠人は、にっこりと笑ってウィンクした。
「わかってるって。松永さんとこだろ。ちょうど今から行くところさ」
そう言って、誠人は車椅子のみち子の後姿を眺めた。
「すごく久し振りだけど、おばあちゃん、変わりないみたいだなあ。僕が小学生の時のまんまだ」
「まあ、松永さんが、良くお話をなさっていらっしゃる、お孫さん?」
「お袋が死んでから、ずっとご無沙汰だったけど」
「良かった・・・」
真理子は涙ぐんだ。
「松永さんが、どんなに心待ちになさってたことか」

翌朝、真理子が花の手入れをしていると、リュックを背負った誠人が店に入って来た。
「お早うございます。昨日は有難うございました。今日はお早いんですね」
誠人は大きくあくびした。
「広いお宅ですもの。ご一緒に住んでさしあげればいいのに」
「ずっと離れて暮らしてたんだ。いくら血のつながったたった一人の孫だからって、そうそう転がり込むわけにはいかない」
誠人はそう言うと「お買い得」と書かれた、花の開いた薔薇の花束を求めた。
「これになさいますか? でも、この薔薇、ちょっと棘が・・・」
誠人はポケットから小銭を集めた。
「平気、平気。これからは僕が毎日、水を替えたり、面倒を見るから。綺麗な薔薇には棘がある・・・か。お姉さんにも、棘があるのかな?」
真理子は曖昧に微笑み、笑いながら店を出て行く誠人の後姿を見送った。

店先で真理子は汗を拭った。みち子が誠人に車椅子を押され店の前を通りかかった。
「松永さん・・・。お元気でしたか?」
みち子はかすかに微笑んだ。
「毎日暑いですものねえ。どうなさっていらっしゃるのか心配しておりましたのよ。明日あたり、お宅へ伺って見ようかと・・・」
みち子が答えるより先に誠人が
「大丈夫です。ご心配なく。じゃあ、おばあちゃん、行こうか。スーパーに行って、いろいろ買わなきゃいけないし・・・。あの店でも、花、売ってるよ」
誠人は車椅子を押し始めた。
「・・・ほおずきの季節なのね」
みち子が低く呟くようにそう言い、ちらりと真理子の顔を見た。日が暮れかかった道をみち子は誠人と去って行った。

突然のように、店に誠人とみち子が現れた。店の前の街路樹は、もうすっかり色づいている。
「いらっしゃいませ・・・」
「アネモネを頂こうかしら」
「かしこまりました。ちょうど今日から入ったところです。何本になさいますか」
みち子は真理子の顔をじっと見つめた。
「そうね。・・・あるだけ全部」

木枯らしと一緒に、花屋にふらりと誠人が一人で現われた。真理子は固い表情で出迎えた。
「いらっしゃいませ・・・」
誠人の手に提げた買い物袋から、たくさんのカップ麺の容器が透けて見える。
「このところ、ずっとお見かけしないんですが、松永さんお元気ですか?」
「うん。ちょっと、風邪を引いたみたいで。このところ、急に寒くなったし、ね。大事を取って、家で安静にしてるよ」
「お年寄りは、咳が出なくても、肺炎て言うこともありますから・・・」
「うん。そうだな。気をつけなくちゃ」
そう言いながら、誠人は店の中を見渡した。
「何か、お探しですか?」
「ああ・・・。ああ、そうだ、キンセンカって、花、ある?」
「キンセンカでございますか・・・? あいにく、この時期は・・・。申し訳ございません」
「置いてないの?」
「春の花でございますので・・・」
それを聞いて、誠人は可笑しそうに笑い出した。
「そうか、春の花か・・・。じゃあ、この薔薇にするよ」
そして蕾の赤い薔薇を指さした。
「こちらでございますか?」
「ああ、何でもいいよ。適当に見繕って、包んでくれ」
真理子は誠人の顔を見た。
「だって、真理子さんのほうが、僕よりずっと、おばあちゃんのこと分かってるだろ? どんな花が好きか、どんな色が好きかとかさ」
真理子は無言で花束を作り始めた。
「良く家にも訪ねてきてくれてたんだってね。いろいろ、迷惑かけてたみたいだけどさ、もう大丈夫だから」
誠人は一万円札を出すと、「お釣りはいいから」と言い、真理子の手から、花束をひったくるようにして店を出て行った。
 
その数日後、花屋の奥で真理子は新聞に見入っていた。
新聞の見出し「植物にも感情が・・」
「植物が放つ微弱な電気信号に着目したのが、金沢星陵大の大藪教授。それを約二十語の音声に変換した・・・」
「研究室に私が入ると植物の電気信号が変化するんです。もしかしたら、いつも来る人を認知しているのかもしれません・・・」
「いらっしゃいませ・・・!!」
来客に気づき、真理子はにこやかに接客し始めた。男性客は色とりどりの薔薇の花を眺めている。どうやら、意中の人にプレゼントするらしい。
「恋人にプレゼントされるのでしたら、黄色い薔薇は避けられたほうが・・・」
そう言いながら、真理子はハッとした。男性客を見送った後、急いで「花言葉」の本を開いた。
「ほおずき・いつわり」
「アネモネ・薄れゆく希望。病気。期待。見捨てる。見放される」
「キンセンカ・別れの悲しみ」
真理子は店のシャッターを下ろすと、急いで駆け出した。

部屋の中を冷たい風が吹いている。散乱するゴミ。枯れた観葉植物。すえたような、何ともいえぬ嫌な匂い。
真理子はみち子の眠るベッドに駆け寄った。
「松永さん! しっかりしてください」   
みちこは微かに目を開けた。
「ごめんなさい、気づいてあげられなくて」
「あの子を悪魔にしてしまったのは、この私なの・・・」
「しゃべらないで・・・。今、救急車を」 
真理子は電話をかけ、救急車を呼んだ。
冷たい風の振り降りてくる天窓を閉めようとするが、果たせない。
「大切に大切にしていたら、それでいいと思っていた。植物みたいに・・・・」
「しっかりして! ごめんなさい。何にも、私、何にもしてあげられなくて・・・」
号泣する真理子の耳に、サイレンの音が近づいてくる・・・。

靴を履いたまま、誠人は引き出しを漁った。
そのまま、引き出しをひっくり返した。
昔のみち子の写真が出てきた。誠人はそれを踏み、落ちたネックレスをポケットに入れた。
「ちっ! 残ったのは、この辛気臭い家だけか・・・」
誠人は枯れた花の鉢を蹴飛ばしながら歩いた。不意に何かに足をとられ、派手に転んだ。
誠人が目を覚ますと、脚が観葉植物のポトスに絡め取られ動かない。天窓から、激しい雨が吹き込んでくる。
「助けてくれー! 助けて!!」
何度も何度も叫ぶが嵐に掻き消され届かない・・・。

                        (完)
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