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雪娘 1

井上数馬は急いでいた。初めて行くバイトに着ていく服がない。
こざっぱりしたTシャツとGパンで十分だと思っていたのに。
もっと、ちゃんとした服は無いの? 母は言う。
秋葉さんに恥をかかせてはいけないと言い、数馬は結局、成人式に着た黒っぽいスーツを着ていくことになった。
冠婚葬祭にも使えるという、あれだ。
数馬のスーツ姿を見るたびに母はお兄さんにそっくり、と言って泣く。
仕事中は、携帯はマナーモードにしておくのよ。といいながら、母は有無を言わさず父の整髪料で数馬の髪を手早く直した。
これでいいわ。母は満足そうにうなずき、そして、いつもよりもっと泣いた。
普段は、すごく男らしいと言えるくらい、気性のさっぱりとした母だが、若くして亡くなった自分の兄のことになると、からっきしなのだ。
数馬は、鏡に映る、そのオールバック風の古風な髪型に呆然としたが、もはや直しようがなく、ただひたすら、知っている人、特に悪友たちには絶対に会いませんよう神様お願いしますと祈りながら、目黒雅叙園に向かった。
目黒雅叙園の旧館で行われるモデルを使った花嫁の写真撮影で、数馬は助手見習いとして参加する。先日、一度だけ屋外の撮影を見学したが。カメラマンは、母と旧知の間柄の秋葉真吾だ。母の兄、数馬にとっては伯父である井上静馬の仲間であり、大親友だった人だ。
モデルは現役高校生にしてトップモデルの上村花音。大学の友人は、おおいに羨ましがり、美しい花音に興味を示さない数馬をおおいに不審がった。
数馬には、最愛の人がいる。
その人の名は松本雪乃。外国で事故死した伯父、井上静馬の恋人だった女性だ。その後別の人と結婚し、一人娘を生んだすぐ後、亡くなったらしい。
数馬は伯父の部屋に遺された、彼女の沢山の写真を見て育った。
そう、松本雪乃は、数馬の初恋の女性だった。
数馬が初めて人を好きになったとき、その人はもうすでにこの世にはいなかった。

山手線の車中から流れる車窓の風景を眺めながら、数馬は携帯の待ち受け画面を眺めた。
着物を着た、雪乃の写真だ。
ふと思いついて、駅を降りてから、「千と千尋の神隠し」の『いつもどんなときも」を、ダウンロードした。
目黒雅叙園は、あの有名なアニメの舞台になった旧館を、ひっそりと抱えている。携帯を耳に当て、その優しく懐かしいメロディーを聴いた。どうしてだろう。雅叙園に行けば、雪乃さんに会える、そんな気がした。
早く行きなさい。早く行かないと間に合わないわ。まだまだ時間はたっぷりあるのに。そう思いながら振り向くと、目を瞠るほど綺麗な白い猫がいた。
数馬は早足になり、広々とした華やかな空間を持った目黒雅叙園に到着した。

ちょうどその三時間ほど前、雅叙園の入り口の自動ドアが開き、うつむき加減の上村花音が足早に入ってきた。
無造作にたらした髪と深く被った帽子。所々傷んだようなジーンズを上品にはきこなしている。
突然、花音の前に女の子が現われた。
花音は足を止めた。真っ白い服を着た、小さな天使のような女の子だった。
「ごめんね、お姉さん、お仕事なの」
見ると、女の子は、手に古ぼけた絵本を持っている。背表紙に「ナナ」と書かれた文字が見える。
女の子は悲しそうな顔をした。
花音は、辺りを見渡した。
「お母さんは?」
女の子は首を振った。
「そう・・・お姉ちゃんと一緒だね」
花音は生まれてすぐに母を亡くした。父は再婚して別の家庭を持ち、花音は母方の祖母に育てられた。
花音は辺りを見回し、腕時計を見た。約束の時間まで、まだ、たっぷり一時間はある。
女の子と並んでソファーに腰掛けると、花音は絵本を開いた。
『ゆきむすめ』
子どもの大好きなおじいさんとおばあさんが、心をこめて女の子の姿をした雪だるまを作りました。
そして自分の娘のように可愛がりました。
でもゆきむすめは、温かくなるにつれ元気をなくしていきます。
ある日、一緒に森に出かけた村の子どもたちは、焚き火を飛びこえる遊びに、ゆきむすめを誘います・・・。
次の頁をめくろうとして、花音はためらい、女の子のほうを見た。
誰もいない。
女の子の姿は消えている。花音は立ち上がり、辺りを見回した。
何事もないかのような辺りの景色。
呆然と、花音は立ち尽くした。


                                   (つづく)


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