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「明日も会えるかな」
そう言ってくれた蘭太郎の姿が心に浮かび、門馬は自分が微笑んでいることに気づいた。蘭太郎の美しさは誰でも知っている。だが、心根の美しさ優しさを知っているのは自分だけだ。
蘭太郎が、自分はパソコンにはさわらない。母のお弟子さんが管理している、と話していたことを思い出し、メールにファイルを添付し、送信をクリックした。これで多分、そのお弟子さんが今日中には、ファイルの存在に気づくだろう。
今日学校で会ったら、蘭太郎の家のパソコンに送ってあることを伝えよう。「通州事件の惨劇 Sさんの証言」に関しては、かなり辛い内容であることを伝え、読む読まないは蘭太郎に任せるとしよう。
これで大丈夫だ。自分が突然姿を消したあとも…。


ベッドに倒れこみ、門馬が束の間の眠りをむさぼっている頃、蘭太郎の家では、そのお弟子さんの手により、カタカタとプリントアウトされていた。

蘭太郎は「虹の公園」のブランコに座り、ゆっくりと漕ぎ出した.
ブランコがギイギイと音を立てて揺れた。誰かが忘れていった、玩具が砂に埋もれている。不思議な、見たこともないような玩具だ。飛行機だろうか…。蘭太郎は立ち上がると、それを手に取った。さあっと風がおこり、蘭太郎の長い黒髪が砂と風に包まれた。あの時と同じだ。門馬にショウニスケトキの話を聞いた時と同じだ…。ここではない、どこかにいる感覚。血の混ざった、風の匂いがする。重苦しい空気に押しつぶされそうになりながら、蘭太郎は辺りを見回した。ここは、ここはあの日の通州なのか…?
「…蘭!」
懐かしい声がする。自分のことを蘭と呼ぶのは、母ともうひとりだけ…。

駅から蘭太郎のあとを歩いていた田辺桜子は、蘭太郎の様子がいつもと違うことに気がついた。どうしたのだろう。蘭太郎の乗る電車はもっと遅く、いつも女の子たちに囲まれ、賑やかに登校する。もっとも蘭太郎自身は微笑んだり、相槌を打ったりするだけなのだが。蘭太郎ファンの男の子も多く、そして蘭太郎のファンの女の子目当ての男の子たちも群がっているものだから、自分たちで相談して曜日ごとに分けるとかして登校するようにと、学校から指導がでているくらいで。何があったのかしら? しばらくその後ろ姿を眺めていた桜子は、一人で歩いている蘭太郎の後を追った。蘭太郎は路地を曲がり、砂場とブランコのある、小さな公園に入っていった。こんなところに公園があったんだ、そう思いながら、桜子はブランコに座っている蘭太郎の姿を遠くから眺めていた。不意に、この公園に蘭太郎は泣きにきたのだと思った。蘭太郎が砂場にあった子供の玩具を拾上げた刹那、突然の砂嵐にその姿がかき消されそうになった。辺りは夕闇のように暗く、木々がざわざわと大きく揺れ、桜子はこのまま蘭太郎が遠くにいってしまうような不安に襲われた。あの時と同じように。行かないで、蘭。また明日ね。明日も遊ぼうね。蘭…。
「蘭!」桜子は思わず叫んだ。

あれは、私が幼稚園に入る前のことだった。家の近くの公園の砂場で、蘭と初めて出会った。何て可愛い子だろう。桜子はひと目で気に入り、一緒に遊んだ。ある日、自分の玩具をとられても黙ってにこにこと笑っている蘭を、庇おうとする桜子を突き飛ばそうとしたガキ大将を、蘭は一瞬で倒した。そのあと見たこともないような綺麗な女の人が慌てて走ってきて、ガキ大将に怪我がないのを確かめると、蘭太郎の手を引いて急いで帰って行った。
それきり、蘭太郎はその公園に二度と姿を現さなかった。
蘭が、あの井上蘭太郎だと分かったのは、桜子が小学校二年生の時だった。友達と町を歩いていたとき、蘭の母を見かけ、あの人の子供が井上蘭太郎よと、その子が教えてくれたのだ。剣道の達人で鬼の井上と恐れられている父と、絶世の美女、黎明町の奇跡と呼ばれている母との間に生まれた蘭太郎は、小学生のころにはすでに超有名人だったのだ。

何事もなかったかのように、穏やかに小鳥のさえずりが戻ってきた。
振り向いた蘭太郎は、桜子の後姿を見た。
その時、自分を案ずる女の子の声が、桜子の声にぴったりと重なりあった。
(君だったのか…?)
通州で無残に殺されていった子供たちの姿が、幼き日の自分たちの姿に重なった。
(日本人に生まれてきたというだけで、罪だというのか!)
蘭太郎は崩れ落ちるように慟哭した。
 
「蘭太郎が泣いていた…?」
「門馬君なら、何か知っているんじゃないかと思って」
(このごろ、このごろすごく仲がいいみたいだし)その言葉を桜子はギリギリで呑み込んだ。
全校のアイドル的存在にして、生徒会副会長の田辺桜子。容姿端麗にして成績優秀。おまけにスポーツ万能。わが黎明高校の良心とさえ呼ばれている。実際、彼女に認められたくて、不良、といっても可愛い不良だが、何人も更生させているらしい。その桜子に突然放課後呼び出され、門馬は戸惑った。おまけに、必ず一人で来るようにと。不良といえば、確かに自分は体調は不良だが。
「…それでね、ブリキのおもちゃも消えてしまったの」
もうちょっと論理的な話をする子だと思っていたが。何のことだ。
「おそらく」
「おそらく?」
「砂場に埋もれているんじゃないか」
そういえば、桜子の無二の親友の守月葵もどこか突拍子もない感じだ。
この前は、ねえ、門馬君「みみずくの恩返し」って知ってる?と、嬉しそうに聞きに来た。
「遠くからだったから、断言はできないけど。蘭太郎君は、砂場に落ちていた子供の玩具を拾い上げた。それが不思議なことに、ブリキの飛行機みたいだった。私、昔おじいちゃんちで見たことがあるの。そう、確かあれはブリキの宙返り飛行機。戦前に大ヒットした」
「戦前の玩具…」
「それから突然嵐のような風が吹いて。蘭太郎君の姿が見えなくなり、気が付いたら、その玩具は跡形もなく消えていたの」
「それは一体、どこで?」
「駅の近くの、小さな公園…」
(「虹の公園」か…)
「不思議ね。あんな公園、あったのかしら」
門馬は自分のバッグの中の分厚いファイルを眺めた。
多分、これ(通州事件の惨劇 Sさんの証言)だ。だが、どうして。
桜子は、そのファイルを覗き込み。素早く手にとると踵をかえして歩き出した。
「あ、いや、それは」読まない方が良いんじゃないかな.

桜子はくるりと振り返った。
「誤解があるといけないから、言っておくけど。みんな(蘭太郎の美しさに目が眩んで)知らないだろうけど。蘭は自分のために涙を流すような男じゃないから。誰よりも強くて優しくて」
私ったら、むきになって、何言ってるんだろう。
蘭太郎に友達ができるのはいいことだ。門馬君なら頭脳明晰で、人柄といい申し分ない。ただ、肌に問題があるらしく、どんな暑いときでも、長袖を着ている。このごろ特に、非常に辛そうなときがある…。
「心配しないで。これ、ちゃんと返すから」
門馬君のことは、桜子にとっても、かなり気になる存在なのだ。特に授業中、先生を間に彼と質問バトルを繰り広げる時の楽しさったら無い。
歩きながら、何だか私ぷんぷんしている。桜子はそう思った。
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