スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雪娘 2

雅叙園の美容室で花音は鏡の前にすわり、ベテランの美容師に長く艶やかな黒髪を任せている。
傍らには、花音のメイクアップアーティスト兼モデル事務所社長の木村典子が腕組みをして立っている。
普段は無口でめったにしゃべらない花音の、消えてしまった女の子の話を聞きながら、典子は危篤状態にある花音の祖母のことを考えていた。
花音の髪を丁寧に結い上げながら、美容師が口を開いた。
「不思議なことがあるものね。そういえば、ここの旧館には『開かずの間』という部屋があって」
花音の横顔を眺めながら、典子はさり気なく話題を変えた。
「今日の撮影は、『草丘の間』。昔は、窓から富士山が見えたらしいわ。今は、この新館が邪魔になって見えないけど」

日本髪に美しく結い上げられた鏡の中の花音に、典子は声をかけた。
「今日の、メイクのテーマはクラシカル。お母さんの写真、他には無い?」
花音はうなづくと、携帯を手にとった。
画像のリストが現われ、典子は井上静馬の写真に目を留めた。
「素敵な人ね。昔の俳優さん? どこかで会ったような」
「お母さんの初恋の人。・・・カメラマンで、外国で亡くなったの」
典子の魔法の手さばきで、鏡の中の自分が、亡き母に生き写しになっていく・・・。
井上静馬から母に送られた最後の手紙を、花音は思い出していた。
「・・・二月の最後の日に、目黒雅叙園で待っています。出来たら、着物を着て来て欲しい。しばらく日本を留守にしますが、寂しがらないで・・・」

綿帽子に白無垢姿の花音が凛として、鏡の中に佇んでいる。典子は、その美しさに思わず涙ぐんだ。
「花音(かのん)ちゃん。辛いときは、辛いって、言っていいのよ」
  
係員が操作すると旧館に続くエレベーターの扉が開いた。典子は、その時、花音が携帯を持っていないことに気づいた。
「花音ちゃん、携帯は?」
「大丈夫。おばあちゃんは、きっと待っててくれる」
「取って来る。先行って、待ってて」
振り向いた花音の目の前で、螺鈿細工が施された艶やかなドアが、ゆっくり閉じていった。

長く上まで続く百段階段を、花音は見上げた。
しんとして、古びた、でも懐かしい匂いがする。タキシード姿の男性が、階段の途中を右に折れるのが見えた。
花嫁だけの撮影のはずなのに、そう思いながら、花音はその後を追った。

入り口に「草丘の間」の文字が見え、一瞬、花音は白くまばゆい光に包まれた。
目眩に襲われたように部屋に一歩足を踏み入れると、色鮮やかな天井画、欄間の絵、窓から見える富士山が、花音の視界に飛び込んできた。
その時、窓の外を眺めていた黒い背広姿の男性が振り返った。写真の井上静馬に良く似たその面差し・・・。花音は、息をのんだ。
数馬は、驚いたように花嫁姿の花音を見つめている。
「雪乃さん・・・?」
倒れかかる花音を、数馬は抱きとめた。
花音は数馬の腕にすがりながら、声をふり絞るように囁いた。
「誓って。誓ってください。松本雪乃を愛すると」
「えっ?」
数馬は、戸惑いの表情を浮かべた。
「お願い。どこへも行かないと誓ってください」
窓の外に、ひらひらと白い雪が舞い降りる。
数馬の胸を愛しさが貫いた。
「僕は生涯、あなたを愛します」
「松本雪乃は、生涯、井上静馬を愛します」
涙がひとしずく、花音の瞳からこぼれ落ちた。
静馬さんと母は結ばれ、私は春の淡雪のように、あとかたもなく消えていく・・・。
女の子が残していった絵本『ゆきむすめ』のページが風にめくれる。
「ゆきむすめは火の上をとび、それきり、みんなの目から見えなくなってしまいました」

不意に、携帯の着メロ「千と千尋の神隠し」が流れだした。
花音は不思議そうに顔を上げた。
数馬は、慌ててポケットから携帯を取り出した。
「・・・はい」
秋葉真吾のがなり声が、携帯電話を通して聞こえてくる。
「今どこだ?」
「えっ、もうとっくに来てますよ。さっきから。・・・花音さんも」
秋葉の声が途切れ途切れに聞こえる。
「何! 花音ちゃんも? 数馬、お前、何やってんだ? 草丘の間だぞ。草に丘だ。お前、字もろくに読めないのか・・・」
突然、声が途切れた。圏外になっている。数馬は額に手をやった。
「・・・どこで間違えたんだろう」
花音は数馬を見つめた。
「行こう」
「・・・どこへ?」
「ともかく外へ。どうやら、この部屋ではないらしい」
数馬は、そっと花音の手を取った。
「井上静馬は、僕の母の兄です」

草丘の間を出ると、急に騒がしさが辺りを包んだ。
百段階段に、白いワイシャツにサスペンダー姿の秋葉が仁王立ちしている。
「こら数馬!(花嫁を泣かしたら首だぞ)」
そう言いかけて、秋葉はハッとした。
俺としたことが、どうして今まで気がつかなかったんだろう。
今をときめくトップモデルの上村花音が、自分の大親友の恋人だった松本雪乃に、そっくりなことに。

百段階段を典子は足早に降りていく。良かった、花音ちゃんが見つかって。何だか不思議な場所だわ。こんなところに花音ちゃんを一人で先に行かせてしまって。私としたことが本当に迂闊だった。それにしても、あの男の子、花音ちゃんのお母さんの初恋の人にそっくり! 一体全体、何がどうなっているの?
典子が花音と数馬、二人が出てきた部屋の前を通ると、そこは壁に塞がれた「開かずの間」だった・・・。

「草丘の間」に、賑やかな話し声が響いている。撮影の準備をしているスタッフたち。窓から見える新館。色あせた天井画、欄間の絵。部屋に入ってくる秋葉、続いて花音、数馬、典子が入ってくる。
数馬は辺りを見回し、思わず足を止めた。さっきと同じ部屋? いや、違う! 花音の涙の、その本当の意味を数馬が知ったのは、その時だった。
花音の瞳に残る涙のあとを、慌てて直そうとする典子を秋葉は制した。
「いや、撮影はこのままで」
立ち尽くす数馬に秋葉は声をかけた。
「静馬。いや、数馬、急いでタキシードを借りて来い。こら・・・、花婿が泣いてどうする」
   
      (完)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

少し前、東京のシナリオ教室に通っていました。
私の作品は、いつも、きれいなんだけど、よくわかりませんでした。と言われていました。
そして今、そのシナリオを小説化しています。
これが難しいのなんのって・・・。
この作品、ちょっとだけ、直しました。
プロフィール

aoimikaduki

Author:aoimikaduki
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。