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春夢 1

美奈子は今でも不思議に思う。
父の大二郎が心筋梗塞で倒れ、奇跡的に回復した日の朝、老犬ハチが死んだことを。
美奈子は犬が大の苦手だったが、電車を乗り継いで実家に寄り、ハチにご飯を食べさせたあと毎日父の病院に通った。
前日まで普通に食事をし、初めて美奈子と散歩をして、そしてその翌朝ハチは犬小屋の中で眠るように死んでいた。もしかしたらハチは父の身代わりになってくれたのかもしれない。美奈子は、ふとそう思った。
きのう散歩のとき、ハチがどんなに喜んでいたか、じっと辺りを眺めていたか、美奈子は思い出した。
もっと可愛がってあげればよかった。ハチの安らかな死に顔を見ながら、美奈子はぽろぽろ涙を流した。そして、退院したら誰が何と言おうと父を引き取ろう、そう決心した。
もっとも、あーだこーだと言って同居に反対するのは、当の美奈子と大二郎の二人なのだが・・・。

杉田家の離れの和室で、大二郎は鼻歌を歌いながら、新聞を読んでいる。
白くうららかな日差しが、開け放した障子からさしこんでいる。手入れの行き届いた庭には桃の花が咲き、部屋に飾られた親王飾りがみやびな姿で春の光に照り映えている。
もう、とっくに3月3日、桃の節句は過ぎたのに。大二郎はいっこうにお雛様をしまう気配がない。
美奈子の結婚に未だに反対だという、大二郎のアピールだと美奈子はひそかに考えている。
「昔の名前ででています♪」
大二郎が思わず口ずさむと、
「おじいちゃん・・・」
ひょっこりと、もうすぐ小学3年生になる、美奈子の一人息子、孫の悟が顔をのぞかせた。
大二郎はうれしそうに顔をほころばせた。
悟は座卓の上に無造作に置かれたマッチ箱を眺めた。
しのぶ、スナック渚、ひろみ・・・。
「おじいちゃんって、マッチ箱集めるのが趣味なの? 女の人の名前の」
「昔、お前のばーさんは、貧しいマッチ売りの少女ぢゃったんぢゃ」
「ふーん。マッチ売りの少女って、ほんとにいたんだ。昔って、明治? 大正?」
「うむ。あれは関東大震災の前の年のことぢゃった・・・」
大二郎がそばにあったハンカチを悟の頭に被せると、悟は「スナック渚」と書かれたマッチ箱を手に立ち上がった。
「マッチ、いりませんか~? マッチ、買ってくださ~い」
「宿題は?」
腕組みして、いつの間にか美奈子が部屋の入り口に立っている。
「わっ、お母さん」
「ハウス」
悟の頭の上のハンカチをさっと取り、右の方を指し示すと、悟はワンワン鳴きながら走って行った。
その隙に、大二郎はさり気なくマッチ箱の上に新聞紙をのせた。
そして穏やかに、
「美奈子。小さい頃から勉強ばかりさせてると、ろくな大人にならんぞ・・。世の中にえらそーにはびこってる奴らを良く見てみろ。記憶力抜群のバカばっかりじゃないか。わしは日本の行末が心配で死んでも死に切れん。夜も寝られん。これからの日本は」
「はいはい。わかりました。今度の参院選にでも立候補して下さい。一票入れますから」
部屋を出て行こうとする美奈子に大二郎が声をかけた。
「美奈子」
「なに?」
「今夜、老人会の集まりがあるから 夕飯はいらんわ。断ってばかりおらんと、たまには、つきあわんとな。これも、浮世の義理というやつぢゃ・・・」

杉田家のリビングダイニングキッチンで美奈子が、手際よく香ばしく料理の仕上げをしている。
夕飯を待ちながら、夫の修平と悟と、並んでソファーでテレビを見ている。
「お父さん、昔、おじいちゃんと闘って勝ったんだってね」
「ん・・?」
「何で闘ったの? ボクシング? 柔道?それとも」
美奈子が楽しそうに笑いながらテーブルの上に料理を並べた。
「将棋よ。あとオセロと。しまいにはジャンケンまで。うふふ・・・。お父さん、おじいちゃんの事、ことごとく打ち負かしちゃったのよ」
「へー。でも、何で?」
「お嬢さんと結婚させて下さいって頼みに行ったんだ」
「母が早く亡くなって・・。おじいちゃんは、男手ひとつで私の事を育ててくれたの」
「おばあちゃんは、すごく綺麗な人だったって、おじいちゃん言ってたよ」
「そうなの。私に似て」
「・・・」
「・・・」
修平と悟は気を取り直すと、おいしそうに食事を始めた。
美奈子も椅子に座り、ふっと思い出したように、
「そう言えば、おじいちゃん、老人会だって言ってたけど、何か、あやしいのよね」
「・・・お父さんも、この地域に馴染んでらしたんだ。公園の掃除とか、パトロールとか。お誕生会とか。お袋も最後の入院まで参加してたじゃないか」
修平の言葉に、美奈子と悟はしんみりした。
「お年寄りがこの地域を支えて下さってるんだ。ありがたい事じゃないか」

そのころ、小料理屋「たぬき」では、大二郎が年寄り仲間と楽しそうに呑んでいた。
元美人の女将の酌を受けながら、目尻を下げている。
「こんな美人にお酌してもらうのは、何年振りかねぇ・・・」
にぎやかな笑い声が、店の外まで響いている。

                                  (つづく)

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