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RAN 第2章

翌日の放課後のことだった。
「君は知っているか? 靖国神社には坂本竜馬も祀られていることを」
突然の門馬の問いに、そうなのか?という風に蘭太郎は目を見開いた。
「伊藤博文は、日韓併合に反対していた」
(何だって! 賛成だからこそ暗殺され、今も、安重根は日本に抵抗した英雄として、かの国では称えられているのではないのか?)
「国際連合には敵国条項といって、日独など敗戦国に対して、加盟国は安保理の許可なく独自の軍事行動ができることを容認している」
(旧敵国? 国際連合は何と言ったらいいか…平和の象徴ではないのか? 世界の良心ではないのか? 終戦後60年経た今も、要するに戦勝国連合ということか…!) 
「君は知っているか? ハワイの名歌「アロハ・オエ」の本当の意味を」
(本当の意味?)蘭太郎は「アロハ・オエ」の甘く切ないメロディーを思い浮かべた。
門馬の矢継ぎ早の質問に蘭太郎は混乱し、ため息をついた。自分は世の中のことを何て何も知らないんだろう。自分で自分が情けない・・・。
僕は少し急ぎすぎているのかもしれない、門馬はそう思った。
「蘭太郎君、ゆっくりでいいんだ。自分の頭で考え、感じてくれたまえ」
蘭太郎は黙って頷き、門馬から手渡された資料に目を落とした。


          国の滅亡とアロハ・オエ

18世紀末にハワイを発見したのは、有名なキャプテン・クックです。そのクックを先頭に、ハワイに来島した白人たちが持ち込んだのが、貿易商、キリスト教宣教師たちなのですが、彼らが持ち込んだのは実はそれだけではありません。
麻疹、結核、コレラ、ハンセン病、梅毒までも持ち込んだのです。
これは、かつての太平洋の島々に共通していた事項なのですが、彼らにはもともと「土地所有」という概念がありません。
その代わり、たとえばバナナの木などは、誰の所有かが、かなり厳格に定められたりしています。そんなハワイの人々に、欧米から来た白人達は、ただ同然で土地を買い占めました。
なんと、国土の75%以上を所有してしまったのです。
ハワイの先住民たちは、追いつめられ、クックが来島した頃30万人だった人口が、1872年にはわずか5万7千人にまでに減少してしまいました。国民の8割の人口が失われてしまったのです。ちなみに欧米によって植民地化された国は、ほぼ例外なく人口が8〜9割減少しています…。
…ハワイ諸島を統一したのは、カメハメハ大王です。大王がハワイ諸島を統一したのは、19世紀、日本の明治のはじめ頃のことでした。大王は、欧米人種と対抗するために、明治維新のときの日本と同じように、一方で彼らから武器・弾薬を買い、一方で種々の部族がひしめくハワイ諸島を統一したのです。
武器購入資金は、サトウキビ等の輸出など、国内産業の発展によって賄いました。しかし輸出相場の変動、疫病の蔓延、白人たちによる暴行等によって、国力は徐々に衰退していってしまいました。
実は、カメハメハ大王の孫にあたるカラカウワ大王が、1881年に日本に来日しています。当時の日本は、有色人種で唯一の独立国でした。有色人種の希望の星だったのです。
そしてこれが、外国の大王、つまり要人が日本に来た、最初のできごとでした。
来日したカラカウワ大王は、アメリカ人の随行員らを出し抜いて、日本人通訳のみを連れ、密かに赤坂離宮を訪れて明治天皇との会見を願い出ました。天皇側は夜中の訪問を不審に思ったけれど、とりあえず会見に応じました。
大王は、明治天皇にハワイ王国の内憂外患の窮状を述べました。そして、5つの事柄について、日本の協力を要請しました。
1 日本人移民の実現
ハワイ人の人口減少を同一種族である日本人の植民で補う。
2 やがて王位を継ぐことになる、姪のカイウラニ王女と日本の皇族の山階宮定麿親王との婚約。
3 日本・ハワイの合邦
(ハワイを日本にしたいと申し出たのです)
4 日本・ハワイ間の海底電線(ケーブル)敷設。
5 日本主導による「アジア連邦」の実現。

しかし、明治維新後わずか14年の日本には米国と対抗できるだけの力はありません。やむなく明治天皇は、翌年カラカウア大王に特使を派遣して、婚姻を謝絶しました。ただ、移民については実現し、1884年、日本・ハワイ移民協約が締結します。
明治18(1885)年、第一陣の日本移民がホノルルに到着しました。このときハワイでは盛大な歓迎式典が行われ、カラカウア大王自身もこれに列席しています。そして日本酒が振る舞われ、ハワイ音楽やフラダンス、相撲大会まで催されました。

明治24(1891)年1月、カラカウア大王が病死し、後を継いで後継者に、大王の実妹のリリウオカラニが女王に即位しました。
明治26(1893)年1月15日のことです。リリウオカラニ女王は、ハワイの民衆に選挙権を与えるために、ハワイの憲法を変えようとしました。宮殿前には、女王を支持するハワイの大勢の民衆が集まりました。
けれど、この憲法改正案には、ひとつ問題がありました。
この憲法が施行されると、市民権を持っていない白人たちは、選挙権が得られない、つまり参政権を否定されるのです。
米国公使のスティーブンスは、翌16日、「米国人市民の生命と財産を守るために」と称して、ホノルル港に停泊中の米軍艦ボストンから、海兵隊160余名を上陸させ、政府庁舎や宮殿近くを制圧します。そして軍艦ボストンの主砲の照準を、イオラニ宮殿に合わせます。宮殿前には、大勢のハワイ市民が集まっているのです。スティーブンスやハワイ最高裁判事サンフォード・ドールら在ハワイ米国人達は、この状況で女王の身柄を拘束し、王制打倒のクーデターを強行しました。
ハワイの王族や軍、あるいは国民達は、女王奪還を企図し、徹底抗戦の構えを見せたのですが、市民が人質に取られているという状況を前に、リリウオカラニ女王は「無駄な血を流させたくないと、退位を決意します。この瞬間、ハワイ王国は滅亡してしまったのです。
危機感を持ったカラカウア大王が来日から僅か12年後のことでした。
しかしハワイには、将来の日本との合邦もあり得るという前提で、2万5千の日本人が入植しています。そこで急きょ、日本から派遣されたのが、巡洋艦「浪速」と「金剛」でした。
2月23日、到着した「浪速」と「金剛」は、米軍艦ボストンの両隣に投錨します。
艦長は、若き日の東郷平八郎です。
東郷平八郎は、いっさい米人たちと会おうとせず会話も拒み、ただ黙ってボストンの両隣に「浪速」と「金剛」を停泊させました。もちろん砲門は、まっすぐ前を向いたままです。けれど、完全な臨戦態勢です。ボストンからしたら、これほど気持ちの悪いものはありません。両側の日本の巡洋艦の主砲が、ちょっと横を向いただけで、ボストンは沈没を免れないからです。
東郷平八郎は、実弾をもって戦うのではなく、米人たちに無言の圧力を与えることで、ハワイ市民の混乱や、市民に対する白人の略奪を阻止したのです。
かつて日本に来日したカラカウア大王は、キリスト教宣教師によって禁止されていたフラダンスを復活させた大王でもありました。ですからフラダンスの父と呼ばれています。
そして、東郷平八郎氏と親交があったといわれるハワイ王国最後の女王リリウオカラニ女王が、作詞作曲したフラの名曲が、あの有名な「アロハ・オエ」です。

Aloha 'Oe アロハ・オエ(あなたに愛を)
山たちこめる雲 霧化し森の間間
さがす谷咲く花 潤むいのちつぼみ
ふるさと ふるさと
うるわしのああ まほろば 
もう一度 抱きしめて
さようならふるさと

とてもやさしい、いかにも太陽の恵みを燦々と浴びた南国の曲という印象がありますが、そこに歌われているのは「うるわしの古郷、もう一度抱きしめて、さようなら古郷」なのです。
名曲「アロハ・オエの」美しい旋律の陰には、侵略者に踏みにじられ祖国を失ったハワイの民の悲しみが隠されています。

このリリウオカラニ女王の決断は、ポツタム宣言受諾のときの昭和天皇のご聖断を思い浮かべさせます。
そのとき昭和天皇は「一人でも多くの国民に生き残ってもらって、その人たちに将来ふたたび立ち上がってもらう以外に、この日本を子孫に伝える方法は無いと思う。みなの者は、この場合、私のことを心配してくれると思うが、私はどうなってもかまわない」と語られました。

古来、国王というものの多くは、むしろ逆に、国民の命などどうなっても構わないから、国王だけが生き残る、という選択をしています。これは世界中がそのような歴史にいろどられています。
けれど、国王がむしろ逆に、「我が身はどうなっても構わない。ひとりでも多くの国民の命を守りたい」とご決断されているわけです。リリウオカラニ女王は、退位し、ハワイ王国は滅亡しました。
日本も、もしかしたら同じ道をたどったかもしれない。
あるいはいま、たどりつつあるようにさえ見えます。
けれど、日本のポツタム宣言受諾のときの天皇のご聖断と、リリウオカラニ女王のときとの違いは、退位があったかなかったによる違いです。
ハワイは、退位という現実の前に、それ以前にあったハワイの古くからの文化のすべてが失われてしまいました。

日本も、もしかしたら黒船来航以後、欧米列強によって国民の人口の8割が失われ、さらに国そのものがこの地上から消えてしまっていたのかもしれないのです。
いいかえれば、いま私達がこうして生きているのは、天皇の民として生きた先人達の、まさに血の滲むような努力によるものだし、その努力によって、私たちは私たちの国の文化や伝統を、いまだに(かろうじてかもしれないけれど)保つことができています」

蘭太郎は顔をあげ、門馬を見つめた。門馬の瞳は、心なしか潤んでいるように見えた。
「いわゆるA級戦犯のことばかり、まるで鬼の首でも取ったかのようにマスコミは取り上げるが…。靖国神社には、黒船来航以降、日本の為に命を捧げた人々が祀られている。歴史というものは、その当時の常識というものを知ることが、最も重要かつ困難なことであるというが、黒船来襲の恐ろしさを、現代に生きる自分たちにとって、果たしてどれほど感じとることができるだろうか」
「今でいうなら、UFOだろうか…。家康をはじめ徳川幕府のトップたちは、植民地にされること、奴隷にされることを心底恐怖していた。そのため鎖国をし、長崎にある出島から、世界の情勢を正確に掴んでいた。魔の手が迫ってくるのを、ひしひしと感じていたのではないだろうか・・・。以前、テレビで偶然見たのだが…。徳川将軍の霊廟が調査された時、驚くべき将軍たちの姿が報告された。将軍たちは死してなお、江戸の町を守るように埋葬されていた。何重にも重なったお棺の中に納められた将軍達は、正座をし、太刀を傍に置き、今でも江戸の町を見守り続けているようだったという」
「そうか。それは初めて知った…」
門馬は、美しく輝く蘭太郎の瞳を見つめた。
(かつてイギリスの植民地であったミャンマーでは、国民の求心力を失わせるため、イギリスによって王室が追放され、王女は妾とされた。日本のマスコミは何故か報じないが、イギリス人と結婚し、すっかりイギリス人になっているスーチー女史に対して、ミャンマーの国民は複雑な気持ちを抱いている。中国は先ほどの敵国条項を念頭に置き、尖閣諸島を日本が国有化したのは侵略行為であると会見している。…かつて中国でおきた通州事件のことを思うと、今でも心が悲鳴を上げる。日本に原爆を2回落としたアメリカは、日本の復讐に怯え、すなわち、水に流してしまう日本とは真逆の自分自身の影に怯え、今も日本に絶対核兵器を持たせないよう、知識人やマスコミを総動員して、日本人に贖罪感を植え付け続けている…。第二次世界大戦で、ベルリン陥落のおり、ソ連軍によってレイプされたドイツ人女性は13万人、うち1万人が自殺したという。世界は危険で何と腹黒いんだろう・・・。
いわゆる従軍慰安婦問題が度々取り上げられるが、彼女たちにとって、例えそれがどんなに意に染まぬことであったとしても職業であり、高給取りであったことは、全くと言っていいほど言及されない。諸外国のことを知れば知るほど、日本の素晴らしさが見えてくる。泥の中に咲く、一本の蓮の花のようだ。だが当の蓮の花は、自分の美しさを知らない。そしてマスコミや歴史教科書という魔法の鏡によって、自分たちはこの世で一番醜いかのように思い込まされている。
だがしかし、この心も体も清らかな蘭太郎に、世界は汚い、ほら、こんな酷いことをしている国ばかりだよと吹き込んで何になるのだろう。
門馬は一瞬、深い物思いに落ちた。

「…日本にA級戦犯はいないんだ」
「えっ?」
門馬は顔を上げると、分厚いファイルの中から、数枚の資料を蘭太郎に手渡した。

ひめのブログ
いまの幸せをまもりたい、それだけです
■A級戦犯は日本に存在しない。歴史も知らない議員やマスコミ。
2010-06-17 03:28:37

「A級戦犯合祀の問題から首相や閣僚の公式参拝には問題がある。
首相在任中に参拝するつもりはない」
15日、菅首相は参院本会議の代表質問で発言。
毎度まいどよく聞くセリフです。
この宣言さえすれば、日本にたくさんいる、左巻きお花畑に批判されないんですね。
「靖国参拝する」と言えば、ここぞとばかり反日マスコミが叩きます。
何が問題なのか・・ 具体的に聞いたことありますか?
外国要人・外交官・駐在武官・軍隊‥ 靖国参拝してること知らないのかね。
リトアニア共和国首相、在日米軍横田基地将校会‥各国指導者の参拝は、スリランカ・タイ・インド・ドイツ・スイス・フィンランド・ポーランド・ルーマニア・スロベニア・ロシア・エジプト・イスラエル・トルコ・アメリカ・チリ・ブラジル・オーストラリア・パラオ・ソロモン諸島‥

「問題がある」ですか? じゃあ抗議したのかよ?w
問題にしてるのは特アだけだろ。
それも、もともとは何とも、思ってなかったのに、朝日新聞がわざわざ中国へちくりに行くから、
「批判した方が得らしい」ってことになっただけ。
韓国も、それを真似してるだけw
あほらし。
まぁ菅首相は日本の歴史上、中国を一番たくさん訪問した人なので(数十回)
中国への忠誠はヒトイチバイかもしれませんが!
そしてそもそも、【A級戦犯】というものは日本にはない。
菅だけじゃないよ。
やたらA級戦犯って言う議員、マスコミ、自称評論家‥たくさんいる。
あのかたがたは、A級戦犯⇒戦争の原因を作った犯罪者 のつもりなようですが、ぜんぜん違いますから!
いかに日本史を勉強してないか、いかにあほかと宣言しているようなものですw

*昭和20年8月30日
日本に到着したマッカーサーの第一声
「東條を逮捕する。そして早急に戦争犯罪人のリストを作れ」
「戦犯第一号はパールハーバー攻撃の東條内閣の閣僚たちだ」
真珠湾攻撃は東條の仕組んだ先制攻撃だと言わんばかり。
(それも後でニュースで知った)
マッカーサーは自分がフィリピン方面軍司令官の時に日本軍に敗れ、
「アイ・シャル・リターン」と言って逃げた時の復讐のために、
当時司令官だった本間雅晴中将の名前も戦犯にした。
こんな感じで『A級戦犯』28名決定。

来日したソ連が「俺らにも選定させろ」と言いだし、 重光葵、梅津美治郎の2人をA級戦犯に追加。
ソ連は『日露戦争』の復讐で東京裁判に参加。 日本はソ連に戦争犯罪がなかったから、大東亜戦争以前の日ソの戦い、つまり日ソ間で解決ずみの張鼓峰事件(1938)やノモンハン事件(1939)を持ちだして、
「日本の侵略だ!」と主張
びっくりするぐらい適当に選ばれた『A級戦犯』が、
いまだに首相の答弁で、悪者扱いされてるってどんだけあほなの?

戦後、東京裁判が行なわれた。
ほんとなら日本人自身が国家指導者の責任を追及すべきなのに、
戦勝国が一方的に裁いて断罪した
その時勝手に選ばれた指導者達は、判決に従うことで、戦争責任を負った形となりました。
でもね。
独立回復後、日本は国会で、A級戦犯を含むすべての戦犯の死を 「法務死」として遺族への年金や恩給を支払うことにした。
遺族の救済や名誉の回復を行なうことを決めた。

*昭和27年4月
まだ服役しなければならない1224名の「戦犯」に対して国民の同情が集まった。

*昭和27年7月
日本じゅうで戦犯の早期釈放を求める署名運動。
約4000万人の国民署名が集まった。
当時の日本人口、約8581万人。単純計算で、国民の2人に1人が署名した。

*昭和28年8月
「戦犯釈放を求める国会決議」が決議された。
国会決議は【全員一致】
国家指導者の政治的責任や道義的責任という問題と慰霊とは別の問題です。

昭和53年、靖国神社にいわゆるA級戦犯が合祀された。
昭和60年に中国が批判するまで、問題だなんて誰も言わなかった。

日本人は、戦争中でも敵国兵士の墓を作った。
これは武士道の伝統。 敵国の兵士をも弔うんだから、自国の指導者に対しては死者に鞭打つことをしないのが日本人・・・。

そしてその合祀は厚生省が提出した名簿に基づくもの。
名簿は国会の決議や諸外国の承認を踏まえて作成されたもの。
つまり靖国神社がA級戦犯を「戦争による公務死亡者」として合祀したことは
法律に基づき、行政の通知に従って実行したもの。
靖国神社が批判を受けるって意味わからない。知らんだけだろw
A級戦犯だった人の合祀を批判したいのなら、 厚生省のその名簿を作った奴を批判しろ。
戦後、靖国神社に合祀される人の基準は、国会で、法律として決めてある。
別に靖国神社が勝手に合祀したわけじゃないし、遺族が決めたわけでもない。
(靖国合祀の関係法→戦没者遺族援護法・恩給法など)

*昭和28年8月
「戦傷病者戦没者遺族等援護法」「恩給法」の改正
「戦犯」とされた人々を国内法上での犯罪者としないことにした。
決定は【全員一致】
彼らの死を戦争による公務死としたことは主権独立国家として正当な決定。
「A級戦犯」も「B・C級」も関係なく公務死とした。これは日本人が決めたこと。
サンフランシスコ講和条約第11条第2項で、 東京裁判を行った国の過半数の同意を得た場合は「戦犯」を赦免できることになってた。

日本はこれをまじめに取り組み、
国会で「戦犯」の免責を決議し、関係各国に働きかけた。
そして‥
*昭和31年3月
 「A級戦犯」全員赦免・釈放
*昭和33年5月
 「BC級戦犯」全員赦免・釈放
これを正式に勝ち取った!!
わかるよね。
日本に「戦争犯罪人」はいない! 「A級戦犯」もいない!!!
世界中がそれで納得してる。

*昭和50年11月21日
昭和天皇がいつも通り靖国神社を参拝。
突然、社会党が「問題だ」と言い出した。
それが原因で、天皇陛下は靖国参拝ができなくなった。

*昭和60年
突然、首相の公式参拝を中国が抗議してきた。
中曽根首相は参拝をやめた。
国民はそれほど騒がなかった。 マスコミが靖国参拝を騒ぐようになった。
(以下略)

依存症の独り言
2005/05/29
A級戦犯
森岡正宏厚生労働政務官は26日の自民党代議士会で、小泉首相の靖国神社参拝を「大変良いことだ」と支持する考えを示したうえで、「極東国際軍事裁判は、平和や人道に対する罪を勝手に占領軍が作った一方的な裁判だ。A級戦犯の遺族には年金をもらっていただいており、日本国内ではその人たち(A級戦犯)はもう罪人ではない」と述べた。(後略)
2005年5月26日(朝日新聞)

上記の発言が物議を醸している。
この発言を肯定する人もいれば、民主党の岡田代表のように「東京裁判を認めないとなれば、戦争責任を負わないことになる。更迭を求めるのは当然だが、その前に政府がきちんと対応すべきだ」と罷免を求める意見もある。

もちろん、中国は猛烈に反発している。
発言のタイミングはともかくとして、その是非を問うには、まず、そもそも極東国際軍事裁判とは何か、戦犯とは何か、から考えてみる必要がある。

極東国際軍事裁判は、ポツダム宣言第10項の戦犯処罰規程を根拠に、11カ国の連合国名によって(イ)「平和ニ対スル罪」、(ロ)「通例ノ戦争犯罪」、(ハ)「人道ニ対スル罪」の3つに分類された55項目の訴因に基づいて行われた。英訳すると(イ)(ロ)(ハ)はa、b、cになる。
裁判所は、東京 市ヶ谷の旧陸軍士官学校講堂に設置された。

(中略)

極東国際軍事裁判には、その構成上及び制度上の問題と裁判そのものの正当性の
問題の両方がある。まず、構成上及び制度上の問題から述べてみよう。

①11人の判事中、中立国からは一人も選ばれなかった。
②仏・ソ2カ国の判事は、裁判の公用語である英語と日本語を理解できなかった。
③ソ連は中立条約を破って日本を一方的に攻撃した典型的な条例違反国なのに、罪を問われるどころか、この裁判で検事として、あるいは判事として、日本を訴追する権利まで与えられた。
④判事の中には、法曹経験の全くない者(中国の梅汝敖判事)もいた。
⑤民主主義にとっては当たり前の上告制度がなかった。
以上が構成上及び制度上の疑義である。
次に、最も重要な裁判そのものの正当性の問題について述べる。
①大東亜戦争は侵略戦争だったのか?
②戦争に対する共同謀議、平和に対する罪、人道に対する罪は、当時の国際法等に規定があったのか?
③そもそも、このような戦勝国が敗戦国を裁く裁判は何を根拠にして成り立つのか?
①に関して云うと、1941年12月8日に開始された太平洋戦争は侵略戦争ではなかったと断言できる。これは、帝国主義国家間による植民地争奪戦争だった。
米国はフィリピンを、イギリスはインド、ビルマ、マレー半島を、フランスはインドシナを、オランダは東インド(現在のインドネシア)を植民地支配し、搾取と収奪をほしいままにしていた。
欧米列強は、本国は民主主義だったが、ほぼアジア全域で過酷な植民地支配を行っていたのだ。そこでは数々の弾圧と虐殺があった。フランスとオランダは、戦後も独立を宣言した旧植民地を再侵略している。

このような国々と日本は戦ったのである。これのどこが侵略なのか?
1937年に始まった日中戦争は、確かに侵略戦争だったかもしれない。しかし、それは今だから云えることである。当時は「侵略」の定義さえ定かではない時代だった。
また、欧米列強も租界を初めとする数々の特権を中国に対して持っていた。イギリスに至っては、歴史上最低の部類に属するアヘン戦争で香港を強奪していた。
注意してほしいのは、だからといって、日中戦争を肯定しているわけではないと云う事である。当時の欧米列強が正義で日本が悪だという構図は、勝者の論理に過ぎないと云いたいのだ。
②に関して云えば、事後(敗戦後)に裁判所条例により制定されたもので、当時の国際法等には何の規定もない。法治社会の鉄則である法の不遡及に反しており、罪刑法定主義からも逸脱している。
③に関して云えば、根拠などどこにもない。極東国際軍事裁判それ自体が、原則に
反する違法なものなのである。
これには、さすがに判事の間にも異論があった。11人の判事中、少数意見の判事が5人いた。

(中略)

インドのラダ・ビノード・パール判事に至っては、「連合国は法を引用したのでもなければ、適用したのでもない。単に戦勝国の権力を誇示したにすぎない。戦争に勝ったが故に正義であり、負けたが故に罪悪であると慣習法にするのであれば、もはやそこには、正義も法も真理も存在しない。国際法、照らして戦争は犯罪ではない。日本は無罪だ」と主張し、アメリカの原爆投下を非難した。

(中略)

※オランダのレーリング判事は、帰国後に著した「東京裁判とその後(ザ・トウキョウ・
トライアル・アンド・ビョンド)」の中で、次のように述懐している。
「われわれは日本にいる間中、東京や横浜をはじめとする都市に対する爆撃によって市民を大量に焼殺したことが、念頭から離れなかった。
われわれは戦争法規を擁護するために裁判をしているはずだったのに、連合国が戦争法規を徹底的に踏みにじったことを、毎日見せつけられていたのだから、それはひどいものだった。
もちろん、勝者と敗者を一緒に裁くことは不可能だった。東條が東京裁判は勝者による復警劇だといったのは、まさに正しかった」と・・・

・・・A級戦犯とされた被告は東條英機以下27名。
精神異常による訴追免除及び病死を除く25名が起訴される。
絞首刑は、東條英機(軍人)、板垣征四郎(軍人)、木村兵太郎(軍人)、土肥原賢二(軍人)、松井石根(軍人)、武藤章(軍人)、廣田弘毅(第32代内閣総理大臣)の計7名。昭和23年12月23日に巣鴨プリズンで処刑された7人の遺体は、まもなく横浜の久保山火葬場で荼毘に付された。遺骨は遺族に引き渡されることなく、米軍により砕かれて東京湾に捨てられてしまった。

この裁判は、昭和天皇の誕生日(昭和21年4月29日)を選んで起訴され、 死刑執行は皇太子(現天皇)の誕生日である12月23日に執行された。
(中略)

A級戦犯として絞首刑に処された人々は、1978年10月から靖国神社に“昭和受難者”として合祀された。また、国内法では「刑死」ではなく「公務死」の扱いになって
おり、1953年以降、遺族は、国内法による遺族年金または恩給の支給対象にもなっている。それなりに名誉が回復されたわけである。

なお、B、C級戦犯として約5600人が、横浜以外に上海、シンガポール、ラバウル、マニラ、マヌス等々南方各地の50数カ所で逮捕、投獄され、裁判の体をなしていない軍事裁判にかけられて約1000名が戦犯の名のもとに処刑された。

横浜以外で行われた裁判は、私刑であったといっても過言ではない。
以上からして、極東国際軍事裁判は、構成上及び制度上の疑義と裁判そのものの
正当性の疑義の両面から認めることはできない。
百歩譲って裁判を認めたとしても、近代法の理念に基づけば、刑罰が終了した時点で受刑者の罪は消滅する。従って処刑されたA級戦犯は、現在では犯罪者ではない。
戦犯の名誉回復は日本の主権に属する問題である。また日本の国内法上において、そもそも「戦犯」という用語を用いた規定は存在しない。
したがって、靖国神社にA級戦犯とされた人々が合祀されていても、国内はもちろん外国からもとやかく言われる所以は全くない。また、日本国総理大臣が参拝しても何の問題もない。

・・・最後に、米軍の無差別爆撃による日本の非戦闘員の被害は以下のとおりである。
東京大空襲の被害者は死者10万人(推定)
広島の原爆被害者は死者約14万人(誤差±1万人)
長崎の原爆被害者は死者7.5万人
その他の空襲による死者20万人
これに対して、ジョン・F・ケネディ政権で国防長官だったマクナマラは何と回顧しているか。
マクナマラは経営管理の理論を戦争に応用。攻撃効率を高めるため、統計を取り、分析する。だが彼の報告書を元に、日本に無差別絨毯爆撃が行われた。指揮官は後に広島・長崎に原爆を落としたカーティス・E・ルメイ少将。
「勝ったから許されるのか?私もルメイも戦争犯罪を行ったんだ」
THE FOG OF WAR(マクナマラ元米国防長官の告白)


読み終わり、何度も読み返し、蘭太郎は終始無言だった。
そして振り絞るように、
「(A級戦犯の)遺体を家族に返さずに、東京湾に捨てたのか…!」
「文官としては唯一の、A級戦犯として処刑された広田弘毅の妻は、捕えられた夫が後顧の憂い無きよう、思い出の地で自ら命を絶った。二人は幼馴染だった…。戦後日本を占領したGHQは、靖国神社を破壊し、ドッグランにしようとしていた」
「ドッグラン!」蘭太郎は絶句した。アメリカの黒船来襲以来、日本のために命を捧げた人達を祀っている神社を、ドッグランに・・・! 「お前たちは、負け犬・・・いや、犬以下だということか・・・」
駅まで続く長い道を、二人は黙って歩いた。夕闇が迫り、時折冬を思わせるような冷たい風が吹き過ぎた。
蘭太郎は、神風特別攻撃隊が遺した言葉を思い出していた。
「アメリカを本土に迎えた場合、恐ろしい国である。歴史に見るインディアンやハワイ民族のように、闘魂のある者は次々各個撃破され、日本民族の再興の機会は永久に失われてしまうだろう」
戦争は、終わってはいない、日本は、負け続けている。A級戦犯がと騒いでいるマスコミ、政治家、教科書に至るまで、敵の手の中に堕ちている・・・。蘭太郎は拳を握りしめた。きらきら光る瞳の中に、静かに燃える炎が宿った。

門馬は考えていた。米軍の無差別爆撃により、無残に殺された日本人、その数何と50数万人・・・。そうか、だからいわゆる南京大虐殺が必要だったのだ。戦時下の日本人は、その罪を我が身をもって償わなければならなかったとする為に。アメリカが無辜の民を50万人以上も焼き殺した大罪は、虚構の「南京大虐殺」に真っ黒に塗りつぶされ、歴史の闇の中に葬り去られるであろう。だが恐るべきことに、捏造された「南京大虐殺」は、世界の歴史となり常識となり、日本人による史上最も凶悪な悪魔の所業として、永遠に記憶され続ける。
我が国において、最大にして最強の権力を誇るマスコミは、「言論の自由」「報道しない自由」を振りかざし、時に「印象操作」を駆使し、「捏造」することさえ厭わず、日々、日本人を洗脳し続ける。
日本人であることを恥ずかしく思え。誇りなど、断じてもってはならない。平和憲法を守り、丸腰のままでいろ。常に卑屈であれ。
核兵器を持とうなどと、夢にも考えてはならない。原爆を投下された日本は、世界平和のため、永久に反省し続けなければならない。周辺諸国に何をされても「大人の対応をし」「粘り強く話し合いを続け」、されるがままでいろ。
何故なら、かつて日本人は恐ろしい罪を犯したのだから。世界中、特にアジア諸国に、史上他に類を見ないほどの苦痛と厄災をもたらしたのだから。だから赦しを乞い続けろ。戦争犯罪者を祀った靖国神社に総理大臣の参拝など、言語道断。日本人は悪魔のような民族であり、自分たちの体の中には凶悪で卑劣な犯罪者の血が脈々と流れていることを、決して忘れてはならない・・・。

思わず門馬は笑いだしそうになった。まるで、敵国の報道機関そのものではないか。同時に恐ろしさに身震いする。
あなた方の祖先は猿真似で中国から朝鮮半島を通してありとあらゆることを教えてもらった挙句、調子に乗って朝鮮半島を手に入れ女性は性奴隷にし、中国では民間人を残虐に殺しまくった、その子供たちです、と教科書やマスコミから朝から晩まで吹き込まれ続けて、まともな人間に育つだろうか。まともな人間を育てられるだろうか・・・?
誇りを失った、誇りを持てない、ご先祖様を敬えない、自分自身を大切にできない、さまよえる魂の矛先が、幼い供たちに惨く向けられている・・・そんな気がしてならない。戦争は確かに悲惨だが、親に虐待されながら殺されていく子供たちよりも、悲惨な境遇が、この世に存在するだろうか?
一生のうちで最も愛され祝福され、一番幸福な時間を過ごすはずの幼少期を地獄に変える。「児童虐待」は、自虐史観の最も忌まわしい「成果」なのではないか・・・。
だが、悪夢はもうすぐ終わる。いや、終わらせなければならない。
まさに、インターネットは救世主であったのだ。

もし、原爆の開発がもう少し早かったなら、日本によるアジア人の解放は成し遂げられなかったであろう。世界は、白人による有色人種の支配という構造が、恐らく永久に続いたであろう。
もし、インターネットが開発されなかったなら、日本人は未来永劫、自虐史観に囚われ、贖罪意識に苛まれ、日本人に生まれてきたことを心のどこかで呪いながら生きていったことだろう・・・。

いつの間にか、駅に着いていた。あちらこちらに明かりがともり、賑やかに人々が行き交う、路線バスがゆるやかに音を立てて走っていく、普通の日常の、ありふれた駅前の光景。それらをもたらしてくれたのが、「命よりも大切なもの」を知っていた先人たちであると、その人たちの孫や子供たちは、、それを知らない。知らされることなく、生きている。

「門馬君?」
蘭太郎の声に、門馬は我に返った。
「次は、倭寇の話を詳しく聞かせてくれないか? 日本人が海賊で暴れまわったというのは、本当のことなのか? 日本近海は昔、今とは真逆の状態だったということか。今は、中国北朝鮮の船から日本が被害をこうむっているが。日本史の教科書は日本人=悪と思いこませる、それが目的で作られているのではないか?」 だがもし日本人が本当に悪魔なら、悪に再び目覚めることを心底恐れ、あなた方は。本当は心優しい民族ですと、美しい言葉を散りばめた歴史教科書を敵は与えるのではないだろうか。 もしかしたら、日本人が善良な民族であると、誰よりも信じているのは・・・。
いつもの蘭太郎と、どこか違う、そう思いながら、門馬は記憶をたどり考えを巡らせた。・・・そう言えば、元寇との絡みで、倭寇はその復讐であると蘭太郎には簡単に説明してしまったが、肝心なことは、ひとつひとつ丁寧に伝えていかなければ・・・。
「元寇の時には言及しなかったが、倭寇は前期倭寇と後期倭寇に分けられ、後期倭寇のボスは中国人だ。その話の続きは、また・・・」
蘭太郎と別れ、駅のホームへと続く階段を上りながら、門馬は考えていた。思うに、どうしてこうも日本人は次から次へと濡れ衣を着せられ続けるのだろう…。その濡れ衣をひとつひとう晴らすため、長い年月と気の遠くなるような地道な検証が必要となるのだろう・・・。自分にはもう時間が無い。体がもうそろそろ限界に近づいている・・・。
「門馬!」
蘭太郎の声に門馬は振り返った。
「明日も会えるかな!」
門馬は頷いた。
「また、明日!」
そう言って、蘭太郎が大きく手を振るのが見えた。

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