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RAN  第6章

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なでしこアクションより
教科書に「東海」併記バージニア州議会可決 現地在住日本人のお母さまたちからの報告
January 28, 2014Uncategorized

「東海」併記を州議会が可決したバージニア在住の日本人のお母さまたちからご意見と現地の様子を報告いただきましたのでご紹介します。

<参考ニュース>
「東海」併記、米州議会上院で可決 「我々は韓国人の側に立つ」

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東海併記 信用のある日本の立場を大きく揺るがす

日本人の血を引く子供たちは概して気を使う子供が多く、非攻撃的で大人しいため、一般的に口答えもせず、目立とうとしたり中心的存在になることもない。特亜の血を引く子供たちは逆に、中心的存在に近い白人に近寄り、傷つけるようなことを平気で言ったり貶めたり、Bribe(買収)しようとする。
公立学校での教科書において東海併記となると、歴史的に信用のある日本の立場を大きく揺るがすことになり、「日本海も違うんだからXXも違うはず」という、これまで特亜がどうにも崩せてこなかった信用を崩す最初のきっかけを与えてしまう。それによって今後、雪崩式に日本への信頼、正統性が信用されなくなり、ひいては日本人の血を引く子供たちへのあからさまないじめ、日本の企業への信用が削り去られていくことになる。

再び、門馬はキーを打ち始めた。
「呼び方くらい、いいじゃないか? それで相手の気が済むなら。
安易に考えていた、自分の不明を恥じる。日本列島がなかったら、そこは(日本海は)太平洋だろうと2ちゃんで誰かが喝破していた。
勝負に勝とうと思ったら、同じ土俵に立たなければ絶対に勝てない。
我々ひとりひとりが知識と論理で武装し、戦士にならなければならない。
愛しき祖国、日本を守るために」
窓の外の空は、すでに白み始めていた。

「明日も会えるかな」
そう言ってくれた蘭太郎の姿が心に浮かび、門馬は自分が微笑んでいることに気づいた。蘭太郎の美しさは誰でも知っている。だが、心根の美しさ優しさを知っているのは自分だけだ。
蘭太郎が、自分はパソコンにはさわらない。母のお弟子さんが管理している、と話していたことを思い出し、メールにファイルを添付し、送信をクリックした。これで多分、そのお弟子さんが今日中には、ファイルの存在に気づくだろう。
今日学校で会ったら、蘭太郎の家のパソコンに送ってあることを伝えよう。「通州事件の惨劇 Sさんの証言」に関しては、かなり辛い内容であることを伝え、読む読まないは蘭太郎に任せるとしよう。
これで大丈夫だ。自分が突然姿を消したあとも…。


ベッドに倒れこみ、門馬が束の間の眠りをむさぼっている頃、蘭太郎の家では、そのお弟子さんの手により、カタカタとプリントアウトされていた。

蘭太郎は「虹の公園」のブランコに座り、ゆっくりと漕ぎ出した。
ブランコがギイギイと音を立てて揺れた。誰かが忘れていった、玩具が砂に埋もれている。不思議な、見たこともないような玩具だ。飛行機だろうか…。蘭太郎は立ち上がると、それを手に取った。さあっと風がおこり、蘭太郎の長い黒髪が砂と風に包まれた。あの時と同じだ。門馬にショウニスケトキの話を聞いた時と同じだ…。ここではない、どこかにいる感覚。血の混ざった、風の匂いがする。重苦しい空気に押しつぶされそうになりながら、蘭太郎は辺りを見回した。ここは、ここはあの日の通州なのか…?
「…蘭!」
懐かしい声がする。自分のことを蘭と呼ぶのは、母ともうひとりだけ…。

駅から蘭太郎のあとを歩いていた田辺桜子は、蘭太郎の様子がいつもと違うことに気がついた。どうしたのだろう。蘭太郎の乗る電車はもっと遅く、いつも女の子たちに囲まれ、賑やかに登校する。もっとも蘭太郎自身は微笑んだり、相槌を打ったりするだけなのだが。蘭太郎ファンの男の子も多く、そして蘭太郎のファンの女の子目当ての男の子たちも群がっているものだから、自分たちで相談して曜日ごとに分けるとかして登校するようにと、学校から指導がでているくらいで。何があったのかしら? しばらくその後ろ姿を眺めていた桜子は、一人で歩いている蘭太郎の後を追った。蘭太郎は路地を曲がり、砂場とブランコのある、小さな公園に入っていった。こんなところに公園があったんだ、そう思いながら、桜子はブランコに座っている蘭太郎の姿を遠くから眺めていた。不意に、この公園に蘭太郎は泣きにきたのだと思った。蘭太郎が砂場にあった子供の玩具を拾上げた刹那、突然の砂嵐にその姿がかき消されそうになった。辺りは夕闇のように暗く、木々がざわざわと大きく揺れ、桜子はこのまま蘭太郎が遠くにいってしまうような不安に襲われた。あの時と同じように。行かないで、蘭。また明日ね。明日も遊ぼうね。蘭…。
「蘭!」桜子は思わず叫んだ。

あれは、私が幼稚園に入る前のことだった。家の近くの公園の砂場で、蘭と初めて出会った。何て可愛い子だろう。桜子はひと目で気に入り、一緒に遊んだ。ある日、自分の玩具をとられても黙ってにこにこと笑っている蘭を、庇おうとする桜子を突き飛ばそうとしたガキ大将を、蘭は一瞬で倒した。そのあと見たこともないような綺麗な女の人が慌てて走ってきて、ガキ大将に怪我がないのを確かめると、蘭太郎の手を引いて急いで帰って行った。
それきり、蘭太郎はその公園に二度と姿を現さなかった。
蘭が、あの井上蘭太郎だと分かったのは、桜子が小学校二年生の時だった。友達と町を歩いていたとき、蘭の母を見かけ、あの人の子供が井上蘭太郎よと、その子が教えてくれたのだ。剣道の達人で鬼の井上と恐れられている父と、絶世の美女、黎明町の奇跡と呼ばれている母との間に生まれた蘭太郎は、小学生のころにはすでに超有名人だったのだ。

何事もなかったかのように、穏やかに小鳥のさえずりが戻ってきた。
振り向いた蘭太郎は、桜子の後姿を見た。
その時、自分を案ずる女の子の声が、桜子の声にぴったりと重なりあった。
(君だったのか…?)
通州で無残に殺されていった子供たちの姿が、幼き日の自分たちの姿に重なった。(日本人に生まれてきたというだけで、罪だというのか!)
蘭太郎は崩れ落ちるように慟哭した。
 
「蘭太郎が泣いていた…?」
「門馬君なら、何か知っているんじゃないかと思って」
(このごろ、このごろすごく仲がいいみたいだし)その言葉を桜子はギリギリで呑み込んだ。
全校のアイドル的存在にして、生徒会副会長の田辺桜子。容姿端麗にして成績優秀。おまけにスポーツ万能。わが黎明高校の良心とさえ呼ばれている。実際、彼女に認められたくて、不良、といっても可愛い不良だが、何人も更生させているらしい。その桜子に突然放課後呼び出され、門馬は戸惑った。おまけに、必ず一人で来るようにと。不良といえば、確かに自分は体調は不良だが。こうして学校に来るそうそう早退しようとしているくらいだ。そういえば珍しく、蘭太郎の姿を今日見ていない。遅刻なのか、休みなのか…。
「それでね、ブリキのおもちゃも消えてしまったの」
もうちょっと論理的な話をする子だと思っていたが。何のことだ。
「おそらく」
「おそらく?」
「砂場に埋もれているんじゃないか」
そういえば、桜子の無二の親友の守月葵もどこか突拍子もない感じだ。
この前は、ねえ、門馬君「みみずくの恩返し」って知ってる?と、嬉しそうに言いに来た。
「遠くからだったから、断言はできないけど。蘭太郎君は、砂場に落ちていた子供の玩具を拾い上げた。それが不思議なことに、ブリキの飛行機みたいだった。私、昔おじいちゃんちで見たことがあるの。そう、確かあれはブリキの宙返り飛行機。戦前に大ヒットした」
「戦前の玩具…」
「それから突然嵐のような風が吹いて。蘭太郎君の姿が見えなくなり、気が付いたら、その玩具は跡形もなく消えていたの」
「それは一体、どこで?」
「駅の近くの、小さな公園…」
(「虹の公園」か…)
「不思議ね。あんな公園、あったのかしら」
門馬は自分のバッグの中の分厚いファイルを眺めた。
多分、これ(通州事件の惨劇 Sさんの証言)だ。だが、どうして。
桜子は、そのファイルを覗き込み。素早く手にとると踵をかえして歩き出した。
「あ、いや、それは」読まない方が良いんじゃないかな。
桜子はくるりと振り返った。
「誤解があるといけないから、言っておくけど。みんな(蘭太郎の美しさに目が眩んで)知らないだろうけど。蘭は自分のために涙を流すような男じゃないから。誰よりも強くて優しくて」
私ったら、むきになって、何言ってるんだろう。
蘭太郎に友達ができるのはいいことだ。門馬君なら頭脳明晰で、人柄といい申し分ない。ただ、肌に問題があるらしく、どんな暑いときでも、長袖を着ている。このごろ特に、非常に辛そうなときがある…。
「心配しないで。これ、ちゃんと返すから」
門馬君のことは、桜子にとっても、かなり気になる存在なのだ。特に授業中、先生を間に彼と質問バトルを繰り広げる時の楽しさったら無い。
歩きながら、何だか私ぷんぷんしている。桜子はそう思った。


田辺さん、大丈夫かな…。
桜子の後姿を心配そうに見送ったのち、門馬は、桜子が持っていったのは「Sさんの証言」とあと何だろうとファイルをチエックしながら考えていた。
「鶏泥棒の話」か…?

蘭太郎と桜子は幼馴染だという噂もあるのだが。本人たちはそんな素振りは微塵も感じさせず、単なるクラスメイトとして付き合っている。
同じ日、時間差はあるにせよ、二人が目を赤くはらしていたのは偶然ではないと、瞬く間に学校中に噂が広まった。
「あの二人、何かあったのかしら。喧嘩でもしたのかしら」
「えっ、何言ってんの? 逆よ逆」
「ということは、つまり…」
「そういうこと」
「そういうことって…」
「何言ってんの、あんたたち…!」
「そうよ。蘭太郎君は、このごろ門馬君と仲がいいでしょう」
「えっ? そっち?」
「私たちの蘭太郎君は、さらなる高みを目指して、ついに」
「ついに…?」
「学問に目覚めたのよ」
全員、深く同意し、安どのため息を洩らしたのだった。
「じゃあ、何で蘭太郎君の目が赤かったの?」
「だから徹夜で勉強したのよ」
「睡眠不足は、お肌の大敵なのに…」
「許せないわ。日本史の小早川先生…!」
「そういえば、鉄の女ともいわれる桜子は、何で泣いてたんだろう」
「えーと、(何だか何にも解決していないような)」
「うーん」
ちょうどその時、近くを守月葵が通りかかった。
その場にいた、全員の目がきらりと光った。
「あ、葵なら絶対に何か知ってるわ」
「おーい」
「やめなさいよ。呼ぶと逃げていくわよ。ほら、後ずさりしてる」
「あの子、見かけによらず、カンが鋭いんだから」
「ふふふ、私に任せなさい」
「あおちゃーん、『ミミズクの恩返し』って知ってる?」
「知ってるー、知ってるー」葵が満面の笑顔で駆けてきた。

カラパイア 不思議と謎の大冒険
怪我したミミズクを保護したら、恩返しにネズミやヘビを狩ってきて家族に振舞うようになった。



「猫さん猫さん、フレッシュですよ」

「さあ、どうぞ、お好きでしょ」
 南アフリカからのほのぼのニュース。怪我をして飛べなくなっていたミミズクを保護し、怪我の治療を続けていたら元気が戻り飛べるようになった。これは良かったと喜んでいたら、早速狩りにでかけ、ネズミやヘビを狩ってきては、家族である猫や他の鳥のみならず、飼い主に持ってきて「ほれ食え、やれ食え」と差し出すようになったという。気持ちはありがたいのだが、狩りたてフレッシュとは言え、食べ物の好みもあるわけで、困ったりうれしかったりもする一家だったのだそうだ。
 …ちなみにこのミミズクはワシミミズクで、4年前に保護し2ヶ月間怪我の治療を行い、その後旅立って言ったのだが、それ以降現在まで、ほぼ毎日のようにこのように家を訪ね、お食事を振舞っていくという。まさにミミズクの恩返し物語。

うわ、とか、キャーとか言いながら、それぞれが、それぞれのスマホを片手にサイトの中を探検しだした。
「これもすごいね。すさまじく危険な植物の話」
「世の中には、私たちの知らないこと、いっぱいあるんだね…」
「これは?」


 島根県にある松江フォーゲルパークのペンギン、さくらちゃんがどうやら飼育員のおにいさんに恋をしているようだという。おにいさんが走ればさくらちゃんも後を追って走る。止まれば止まると四六時中ピタっとはりついて離れないのだそうだ。
 そのほほえましい様子は海外ブログでも多く報道されていた。
 どこまでもおにいさんの後を追って走るさくらちゃん
 しっとりとなついてくれるさくらちゃんにおにいさんもうれしそう
と思いきや、実はそのペンギンちゃんが恋していたのは、その飼育員さんの白い長靴だった!」
「な、長靴?」
「…青いヘリコプターに、命がけの恋をしている白鳥もいる」
「切ないね」
「切ないよね」
「恋って何だろう…」
「どうしたの? 葵」
その時一同は、笑っていると思っていた葵が、涙を流していることに気がついた。
「…みんな楽しそうで、幸せだなあって思って」
葵はメガネを外すと、涙をきっぱりと拭った。
「私、桜子が何で泣いてたか知ってるよ。多分、蘭太郎君も同じ理由だ」
葵は制服のポケットの中から、自分のスマホを取り出した。
「答えは、この中にある」
「覚悟があるのなら、『通州事件 Sさんの証言』で検索してみて」
そう言って、葵はその場を離れた。
一同はいっせいに顔を見合わせ、スマホを開いた。
楡の木の木漏れ日を浴びながら、私たちは、Sさんの問わず語りを聞いている
風が頬を撫で過ぎていく、穏やかな昼下がり…
こんなこと、知らなかったよ。何にも知らないまま、こうやって暢気に暮らしていた。だんだん胸が締め付けられ息が苦しくなっていく…。
そうだ。何だかすっかり忘れていたけど、この話は蘭太郎君も桜子も打ちのめしたのだ。うなだれ、すすり泣き、それでも歯を食いしばり いつの間にか人の輪が大きくなって行った。一体、何事があったのか、と…。

葵は桜子との待ち合わせ場所へ急ぎながら、心の中で桜子に語りかけていた。ずっと、蘭太郎君のこと好きだったんでしょう? だから、この高校を選んだ。桜子だったら、もっと学力の高い高校にいけたのに。彼にふさわしい人間になろうと。ずっと自分を律して生きてきた。私もあの日、あの公園にいたんだよ。
「お砂場事件」お弟子さんたちの間では、ひそかにそう呼ばれている。私の叔母さんが、住込みのお弟子さんなの…。
あの日を境に何もかも変わった。奥様は蘭太郎は男の子だし、剣の道に進んでもいいと思っていた。奥様は恐れたのだ。凄まじい殺気を放った、まるで、まるで鬼神のような幼い我が子を。
いつか、その恐るべき力がこの子を不幸にするのではないかと、心底恐れた。勿論、夫に相談するわけにはいかなかった。相談すれば、鬼の井上は喜んでますます蘭太郎を鍛え上げるに決まっているから。だから、蘭太郎を女の子のように育てた。それ以来、夫婦仲は悪くなり、今に至っている…。

葵を待つ間、きのう門馬から無理矢理借りた、もう一つのプリントを桜子は眺めていた。そういえば、門馬君、大丈夫かな。今日も休んでる…。
ぼやきくっくり
日本人は今、世界一、自分の国の歴史を知らない人たちになっている。自分の国の歴史を知らない人が、何で「国民」なのか。日本人の歴史を知らない人が、何で「日本人」なのか。(櫻井よしこさんの言葉)

250年前の朝鮮人が羨み恨んだ豊かな日本…金仁謙「日東壮遊歌」より
2013.05.06 Monday

 先日、ひょんなことから、金仁謙の「日東壮遊歌」という本があることを知りました。
 金仁謙は第十一次朝鮮通信使で、1764年に来日しました。
 「日東壮遊歌」は金仁謙の日本滞在中の記録です。
当時の知識階級男性の著作としては珍しくすべてハングル文で書かれ、律文詩(歌辞(カサ)と呼ばれる文学様式)の形をとっているそうです。
 この本を入手できないかとネットで古書店も含めて検索しましたが、現在は入手困難のようです。
 そこで今日はとりあえず、ネットなどで紹介されていた「日東壮遊歌」の記述から、一部をまとめて引用したいと思います。
 

 「日東壮遊歌」を実際に読まれた方の書評など拝見しますと、最初は反日的記述が目立つものの、だんだんと物の見方が変わってきて、日本の繁栄ぶりを褒めたり、あるいは羨ましく感じたりと、そういう記述が増えてきているそうです。

 1月20日 大阪
  人家が塀や軒をつらね
  その賑わいの程は
我が国の鍾路(註:ソウルの繁華街)の万倍も上である

 1月22日 大阪
  我が国の都城の内は 
  東から西にいたるまで一里といわれているが
  実際には一里に及ばない
  富貴な宰相らでも
  百間をもつ邸を建てることは御法度
  屋根をすべて瓦葺きにしていることに 感心しているのに
  大したものよ倭人らは 千間もある邸を建て
  中でも富豪の輩は 銅をもって屋根を葺き
  黄金をもって家を飾りたてている
  その奢侈は異常なほどだ
  (中略)
  天下広しといえこのような眺め
  またいずこの地で見られようか
  北京を見たという訳官が 一行に加わっているが
  かの中原(註:中国の中心地)の壮麗さも
  この地には及ばないという
  この良き世界も 海の向こうより渡ってきた
  穢れた愚かな血を持つ 獣のような人間が
  周の平王のときにこの地に入り 今日まで二千年の間 
  世の興亡と関わりなく ひとつの姓を伝えきて 
  人民も次第に増え このように富み栄えているが 
  知らぬは天ばかり 嘆くべし恨むべし

 「中国の周の時代に日本に渡ってきた(!?)穢れた愚かな血を持つ獣のような人間」と、日本人に対し大変な蔑視感情を抱きつつも、その日本人が「2000年間ひとつの姓(天皇)を存続させている」ことがよほど悔しかったようです。

 1月28日 京都
  沃野千里をなしているが 惜しんであまりあることは
  この豊かな金城湯池が 倭人の所有するところとなり
  帝だ皇だと称し 子々孫々に伝えられていることである
  この犬にも等しい輩を みな悉く掃討し
  四百里六十州を朝鮮の国土とし 朝鮮王の徳を持って
  礼節の国にしたいものだ

 ここでも「犬にも等しい輩」と日本人を大いに侮蔑しながらも、日本の豊かさや安定、それに天皇の存在を羨んでますね。
 ちなみに、金城湯池(きんじょうとうち)の「金城」とは防備の堅固な城壁、「湯池」とは熱湯の沸きたぎる濠。
 他から侵略されない極めて堅固な備えをたとえたものです。

 その後、金仁謙一行は名古屋にやって来ます。
 名古屋でもやはり「街の繁栄、美しさは大阪と同じだ。凄い」「朝鮮の都も立派だが、名古屋と比べるととても寂しい」といった記述が見受けられます。
 他に、日本人の容姿についても記されています。

 2月3日 名古屋
  人々の容姿のすぐれていることも 沿路随一である
  わけても女人が 皆とびぬけて美しい
  明星のような瞳 朱砂の唇 白玉の歯 蛾の眉
  芽花の手 蝉の額 氷を刻んだようであり
  雪でしつらえたようでもある
  人の血肉をもって
  あのように美しくなるものだろうか
  趙飛燕や楊太真が
  万古より美女とのほまれ高いが
  この地で見れば 色を失うのは必定
  越女が天下一というが
  それもまこととは思えぬほどである
  これに我が国の衣服を着せ
  七宝で飾り立てれば 神仙鬼神もさながらと
  恍惚感いかばかりだろう
 趙飛燕は前漢成帝の皇后(?~紀元前1年)、楊太真は日本でもおなじみの楊貴妃(719年~756年)です。

 その後、金仁謙一行はついに江戸に入ります。
 実は、第十一次朝鮮通信使の目的は、徳川家治(在職1760年~1786年)の将軍襲職祝いでした。

 ところが、金仁謙は「犬にも等しい倭人に拝礼するのが苦痛である」と将軍との謁見を拒み、一人宿舎に残ったそうです。
 その一方で、金仁謙は、大阪や京都よりもさらに繁栄した江戸の街の様子に驚嘆し、こう述べています。

 2月16日 品川→江戸
  楼閣屋敷の贅沢な造り
  人の賑わい男女の華やかさ
  城壁の整然たる様 橋や船にいたるまで
  大阪城 京都より三倍は勝って見える
  左右にひしめく見物人の数の多さにも目を見張る
  拙い我が筆先では とても書き表せない

 話は大阪に戻りますが、淀川での記録の中に、さらに興味深いくだりがあります。

  河の中に水車を設け 河の水を汲み上げ
  その水を溝へ流し込み
  城内に引き入れている その仕組みの巧妙さ
  見習って造りたいくらいだ

 水車の機構の見事さに、いたく感服したようです。

【「ぐうたらたぬき途中下車」様より「淀川瀬水車旧跡」碑。すでに12世紀末の史料に「淀の川瀬の水車」という記述があるそうです】

 他に、金仁謙一行は、対馬で食べたサツマイモの美味しさに感激し、種芋を乞うてサツマイモを朝鮮半島に持ち帰っています。
 これにより、サツマイモが朝鮮半島へ初めて伝わりました。
 サツマイモ伝来は、後に朝鮮の飢饉を救うこととなります。
 ちなみに、同時代に日本を訪れた他のヨーロッパ人も、日本の豊かさや文化の発展ぶりを記録を残しています。
 たとえば、金仁謙より約10年後の1775年に来日したC・P・ツュンベリーの『江戸参府随行記』には、このような記述があります。

 「地球上の三大部分に居住する民族のなかで、日本人は第一級の民族に値し、ヨーロッパ人に比肩するものである。・・・その国民性の随所にみられる堅実さ、法の執行や職務の遂行にみられる不変性、有益さを追求しかつ促進しようという国民のたゆまざる熱意、そして百を超すその他の事柄に関し、我々は驚嘆せざるを得ない」
 「その国のきれいさと快適さにおいて、かつてこんなにも気持ち良い旅ができたのはオランダ以外にはなかった。また人口の豊かさ、よく開墾された土地の様子は、言葉では言い尽くせないほどである。国中見渡す限り、道の両側には肥沃な田畑以外の何物もない」
 「日本人を野蛮と称する民族のなかに入れることはできない。いや、むしろ最も礼儀をわきまえた民族といえよう」
 「この国民は必要にして有益な場合、その器用さと発明心を発揮する。そして勤勉さにおいて、日本人は大半の民族の群を抜いている。彼らの鋼や金属製品は見事で、木製品はきれいで長持ちする。その十分に鍛えられた刀剣と優美な漆器は、これまでに生み出し得た他のあらゆる製品を凌駕するものである」
 「日本には外国人が有するその他の物――食物やら衣服やら便利さゆえに必要な他のすべての物――はあり余るほどにあるということは、既に述べたことから十分にお分かりいただけよう。そして他のほとんどの国々において、しばしば多かれ少なかれ、その年の凶作や深刻な飢饉が嘆かれている時でも、人口の多いのにもかかわらず、日本で同じようなことがあったという話はほとんど聞かない」

 ところで、朝鮮通信使の中には、残念ながら素行の悪い者も少なくありませんでした。
 金仁謙の一つ前、第十次朝鮮通信使の曹蘭谷の『奉使日本時聞見録』には、名古屋人が通信使のために、布団や蚊帳などを揃えようとしたところ、対馬の通訳が「朝鮮人はよく盗んでいくので知り置くように」と止めたことが記載されています(1748年6月24日)。

 通信使一行が、文化の違いや日本人に対する侮りから引き起こした乱暴狼藉は、概ね次のようなものだったようです。

・屋内の壁に鼻水や唾を吐いたり小便を階段でする。
・酒を飲みすぎたり門や柱を掘り出す。
・席や屏風を割る。
・馬を走らせて死に至らしめる。
・供された食事に難癖をつける。
・夜具や食器を盗む。
・日本人下女を孕ませる。
・魚なら大きいものを、野菜ならば季節外れのものを要求する。
・予定外の行動を希望して拒絶した随行の対馬藩の者に唾を吐きかける。

 特に、警護に当たる対馬藩士が侮辱を受けることはしばしばあり、1764年には対馬藩の通訳が、通信使の一人・崔天崇を刺殺するという事件まで起こっています。
 崔天崇が朝鮮人の窃盗行為を棚に上げて「日本人は盗みが上手い」と言ったのが、事件の発端だったとのことです。

 また、江戸時代後期の儒学者・菅茶山(1748年~1827年)は、「朝鮮より礼儀なるはなしと書中に見えたれど、今時の朝鮮人威儀なき事甚し」と、朝鮮人が伝聞とは異なり無作法なことに驚いています。
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