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RAN  第7章

「葵、私決めたよ。歴史研究会を立ち上げる。小さな一歩だけど。始めようと思う。未来の子供たちのために」
葵は大きく頷いた。
「一番手強いのは、戦争を知らない世代。そしてネットの世界を知らない世代。。つまり、50代、60代のおじさんおばさんたちだけどね。テレビの言うことを、金科玉条のように信奉している世代」
葵は堰を切ったように話し始めた。
「麻生さんのいわゆるナチス発言をテレビのニュースで見たときには唖然とした。麻生さんの意図とは真逆の内容にして、いや、麻生さんの話した内容とは真逆の意図にして報道していた。あれが現国のテストだったら、上杉先生から0点以下、マイナスの点数をくらうのは確実だ。自分たちが馬鹿だから、視聴者はもっと馬鹿だと思っているのか。それ以来、ネットとテレビのニュース両方を見てる。間違い探しっていうか、こんな見えすいた嘘を平気でつくのかっていうか。…それと、戦争を美化。偏狭なナショナリズム。日本の右翼化。これ、あの人たちの常套句だよね。あと、差別、ナチスを加えてもいいかもしれない。これらの言葉を口にすれば、日本人なら誰でも黙ると思っている。伝家の宝刀だと思い込んでいる。実際、テレビで偏狭なナショナリズムって耳にしたときには、不謹慎だけど。感動した。うちのお父さん、テレビ大好きなんだ。ニュース番組好きだし。仕事終わって帰って少しお酒飲みながら、テレビ見て相槌打ったりしながら満足そうにしてる。言えないよ。それ、ほとんどヤラセと捏造だからって。その人たち、売国奴だからねって。父は嘆くと思う。どうして物事を素直に見られないんだ? 何でそんなひねくれた子に育ってしまったのかって。だから、父には言えない…。私、外国が、自分の国の国益のために日本にしかけてくるのは、嫌だけど仕方のないことだと思う。許せないのは、日本の中の反日勢力。左翼って諸悪の根源なのかな。良くわからないけど。悪の根源を辿っていくと、ルソーに辿り着くって誰かが言ってた。人間は平等であるって考え方に行き当たるらしい。ルソー自身とんでもない輩だったらしいけど。どの口でそんなこと言ってるんだって感じだよね。人間は平等じゃないんだよ。私のお母さんみたいに、私を産んですぐ死んじゃう人もいるし。門馬君みたいに、アトピーで苦しむ人もいる。蘭太郎のお母さん、綺麗な顔を隠すために、わざと一番似合わない伊達メガネをかけてるって知ってた? みんな同じじゃないんだよ。それだから、大変だし、そうだから面白い。何でそんな簡単で肝心なことがわからないんだろう。それと、すごく悲しいことだけど。ラスボスはひょっとしたらアメリカなのかなってこのごろ思う…」
「葵がそんな話するの、初めて聞いた」
「大切なことをネットで学んでいるのに。自分の中で完結してた。テレビを見て腹が立って悲しくて、一人の時「王様の耳はロバの耳!」って叫んでる」
葵の様子が目に浮かび、桜子は思わずくすっと笑った。
二人で顔を見合せて笑いあったのち、桜子は真顔になった。
「私が歴史を研究しようって思い立ったのは、もちろん、Sさんの証言がきっかけだけど。それだけじゃないんだ」
そう、桜子が切り出した。「最近、母と祖母と熱海の美術館に行ったでしょ。国宝の展示品が目当てだったんだけど」
「野々村仁清の壺。すごく良かったんでしょ。おばあちゃんが、これが見納めかもって、ずっと眺めていたという…」
「…うん」
「それで?」
「秀吉の黄金の茶室知ってるでしょ? それが美術館の中に忠実に復元してあって、でも、何だかほの暗くて、黒っぽくて、ほんとに黄金? 美術館だから、照明を暗くしてあるのかなって。係りの人の丁寧な説明を聞いて、まさに目から鱗だった。私、一体、今まで何を見てきたんだろうって。ある意味、衝撃だった。あれが、黄金の茶室の本当の姿だったんだ。秀吉だから金ぴかの成金。詫び寂の茶道にまでそんなもの持ち込むなんて悪趣味ここに極まれりって思って。頭から決めつけてた。目の前にあるのに、何にも見ていなかった…。一生懸命勉強しているつもりで、実は私何にも学んでいなかった。門馬君から借りた江戸時代の町の様子を書いてある話、想像とは、まるで違った。誇らしくて素敵で、心が躍った。もっと日本を知りたい。強く、そう思った」

門馬は旅行鞄に荷物を詰め終わると、パソコンに向かった。
「…そうだ。これも蘭太郎に送っておこう。彼らの死はいわゆる無駄死ではなかった。立派に戦果を上げていたのだ」

******************************

(ヤフー知恵袋より)
特攻隊の出撃は終戦直前の昭和20年8月13日まで続けられ、わずか百日にわたる特攻作戦(空のみ)で
海軍 2535人
陸軍 1844人
の戦死者を出したとのことです。また特攻により失われた飛行機の数は、参戦飛行機の数7852機の44%に該当する3461機(海軍2367機、陸軍1094機)でした。この参戦飛行機のうち、体当たりで散った機数は海軍983機、陸軍932機であり、そのうち132機が命中、122機が至近弾となりアメリカの艦船を撃沈しています。
さらに水上からの特攻で1344人(海軍1081人、陸軍263人)、水中から特攻で544人の尊い命が散っています。

なお特攻隊の戦果は
軍艦 32隻沈没
輸送艦 75隻沈没
損害を与えた艦船 223隻
死者 12260人
負傷者 33769人
とのことです。アメリカ側の史料では「日本の自殺機が連日連夜襲ってくるので、40日間将兵はまったく休む暇もなく、眠る暇もない」と、殆どノイローゼ状態だったといいます。





西村眞悟の時事通信 より。


やはり、八月十五日が近づいてきたのだ、と思う。
 暑くなるとともに、英霊のことを思う日が多くなっているからだ。特に、七月一日に沖縄の茂みのなかを歩いてから、この暑い日々に茂みに潜んで戦い続けた同胞のことがしきりに思われた。

 このような折、はっと気付かされたことがある。
 それは、日本人の死生観とほほ笑みのことである。

 蒙古襲来は、我が国最大の国難であった。
 蒙古は、文永十一年(西暦一二七四年)と弘安四年(一二八一年)に襲来した。
 我が国はこの蒙古を撃退したのであるが、よく言われるように、神風によって撃退したのではなく、鎌倉武士の壮絶なる決死の戦いによって撃退したのである。
 特に、文永十一年、日本人として初めて三万の蒙古軍と相まみえた対馬の地頭、宗助国以下八十四騎の戦いは敵に強烈な印象を与えた。
 私は、対馬を訪れれば、よく蒙古がはじめに上陸してきた対馬西岸の古茂田浜に行く。そして、ここで奮戦して五体ばらばらになった宗助国の首塚と胴塚に参る。
 しかし、彼らが如何なる形相で奮戦したのか、いままで脳裏に浮かばなかった。それを数日前に頂いた本で教えられた。
 日本兵法研究会会長で元陸上自衛隊の戦術教官であった家村和幸中佐の近著である「兵法の天才 楠木正成を読む」(並木書房)は、宗助国等の奮戦の様子を次のように伝えてくれた。

「対馬で元軍を迎え撃った宗助国を頭とする八十四人の一族郎党は皆、顔に笑みを浮かべて群がり寄せる元軍の中に斬り込み、鬼神のように奮戦し、壮絶な最期を遂げた。
 このように大義に死す時、人生意気に感じた男たちは笑って死地に向かっていくものなのである。
 大軍を前に死ぬことがわかっていても、戦いを挑んでくる鎌倉武士達に元軍の大将キントも、『私はいろいろな国と戦ってきたが、こんなすごい敵と出会ったことはない』と驚き、絶賛に近い評価を下した。」

 これを読んだとき、対馬の古茂田浜の景色が瞼に浮かぶとともに、浜に群がる蒙古軍に向かって宗助国等八十四騎は、笑みを浮かべて突撃していったのかと感慨深いものがあった。
 そして、同じような笑みを浮かべている人達が昭和にもいたことを思ったのだ。それは、特攻隊員達の笑顔だった。
 多くの特攻隊の若者達は笑顔を写真に残している。
 
 私のホームページの表紙に載せている昭和二十年四月二十二日に台湾の桃園飛行場から沖縄方面の敵艦隊に特攻出撃していった十人の十八歳と十九歳の少年飛行兵と四人の学徒兵の合計十四名の若者も(陸軍特攻誠第百十九飛行隊)、出撃一時間半前に素晴らしい笑顔を写真に留めている。
 彼らは異口同音に「いまここで死ぬのが自分にとって最高の生き方」と語っていたという。

 また、同じ沖縄方面に戦艦大和を率いて特攻出撃した第二艦隊司令長官伊藤整一海軍中将は、沈みゆく戦艦大和から総員退避を命じた後、「長官、死んではいけません」という副官に、
「私は残る、君たちが行くのは私の命令だ。お前たちは若いんだ。生き残って次の決戦にそなえよ」と決然と言い放って戦艦大和と運命を共にしてゆくが、
 生き残った士官の吉田満氏は、そのとき司令官室に向かう伊藤長官が微笑んだように思えたと書いている(吉田満著「戦艦大和の最後」)。

 これら、蒙古襲来から大東亜戦争まで、七百年の時空を越えて共通する死地に赴くときのほほ笑みは、何に由来するのだろうか。

 それは、「悠久の大義」に生きる者達のほほ笑みである。
 そして、日本人の「身は死しても魂は死なない」と思う死生観に由来している。

 蒙古との弘安の役から五十年後に湊川で自ら死地に赴いて死んだ楠木正成は、七度生まれて国に報いると七生報国を誓って死んでいった。
 彼は、本気で自分は七回生まれてくると信じていた。
 それから五百年以上の後、短い人生の中で湊川の楠木正成の墓に三度参って泣いた吉田松陰も、本気で魂は残ると信じていた。吉田松陰の、
 身はたとひ 武藏の野辺に 朽ぬとも 留め置まし 大和魂
という辞世の句は、本気でそう信じていたから詠んだのだ。

 楠木正成も吉田松陰も、二十世紀に生をうけていたら、
昭和二十年四月二十二日の十四名の少年飛行兵のように、
「いまここで死ぬのが自分にとって最高の生き方」
と語って満面の笑顔を写真に残したであろう。

 日本人は、「悠久の大義」に生きる、
 即ち、魂は死なないと思ったとき、
 ほほ笑みをたたえて死地に赴く民族である。
 二年前の東日本大震災の際にも、人々を救うために、そのような人々の、日本人の血に根ざした、知られざる咄嗟の行動が、あまたあったのだと思う。

 さて、
 このように思いを巡らしたとき、しみじみと、日本人にとって靖国神社が如何に大切な神社かが分かるのだ。
(以下略)

******************************

新しく発見された、吉田松陰の辞世の句を知るまで門馬は、若くして刑死し松陰は、どんなにか無念だったろう、憤怒の形相で死んでいったに違いないと想像していたのだった。
「此程(このほど)に思(おもい)定めし出立(いでたち)はけふ(きょう)きく古曽(こそ)嬉(うれ)しかりける」
「嬉しかりける…!」
吉田松陰もまた、微笑んで逝ったのだ…。

パソコンの電源がなかなか切れない。眠れない夜、絶望も喜びもすべて知っている自分の相棒…。まさか、パソコンが別れを惜しんでくれているのか。ふと、門馬は二度とここには戻って来れないような気がした。壁の傷、大きな時計。小学校の頃からある色のさめたカーテン。母親の鈴子が、毎日のように干してくれている折り畳み式のベッドの上の布団。見慣れた、当たり前の光景。ここには戻れない?そんなはずはない、どうしてそんな気がしたんだろう…。門馬は立ち上がると荷物を持ち静かにドアを閉めた。

「大丈夫か、蘭太郎」
門馬が心配そうにこちらを見ている。
「日本史の時間にたっぷり睡眠をとったから、体の方はすっかり回復した」
「さぞ盛大に寝てたんだろうな。さすがに小早川先生が気の毒になる」
「ははは…。それで、これからどうするか、だ。ようするに、政治家もマスコミも乗っ取られているんだろう」
「そうだな」
門馬は頷いた。
「こんな時、信長だったらどうするか。家康だったら? 秀吉だったら?
そうだ、門馬君に今から宿題を出す。朝から、Sさんの証言で俺を泣かせた罰だ。おかげで、生まれて初めて遅刻したぞ。…鳴かぬなら殺してしまえ、ほととぎす的な答えではダメだ。あ、いや、織田信長だったら、売国奴と認定した途端、さっさと始末してしまいそうだな。ここはやはり、鳴くまで待とうの家康がいいのかもしれんな。いや、そんな悠長なことは言っていられない。ことは急を要する。黒田官兵衛、竹中半兵衛を軍師にもつ、鳴かぬなら鳴かしてみしょうの豊臣秀吉に託すか。いや、あらゆる事情を鑑みて、抜群の安定感を誇る徳川家康による、鳴くまで待てないほととぎす作戦といこう」
「ははは…」
門馬が、楽しそうに笑った。
「そうだ。桜子と葵は、「楡の木会~歴史研究会~」なるものを立ち上げて、活動し始めたぞ。といっても、人数が集まりすぎて、まるで全校集会のようになっている」
「そうか」
「第一回目は何と」
「何と?」
「東条英機の遺言だった」
「直球勝負だな」
「真っ向勝負だ。女の子だけの特別授業もあった。~未来の子供たちのために、私たちの子供たちのために~ 従軍慰安婦を含め、戦中における女性問題に関する考察らしい。その場で、英語の柴田先生による爆弾発言もあったらしいぞ」
「あの、どうやら五大陸を制覇しているらしいという噂の熟女か」
「私の経験からいって、日本の男は可愛いというか優しくて、非常にあっさりしている。むしろ物足りないくらいだ。そんな日本人男性が女性を性奴隷にするなんて考えられないし想像すらできない。あなたたちも、そう思うでしょ?とのコメントだったらしい。思わず深く頷いてしまったのは、大人びた印象の細川先輩と守月葵。葵は、蘭太郎君を見てたら分かると言ったらしい。俺は特別に参加してほしいと言われていたが、丁重に断った。行かなくて正解だった…。

「ちょっと葵、それどういうこと?」
「何で蘭太郎君の名前、ここで出すの?」
「そういう関係だって、言いたいわけ?」
「私、まだ高校生だから…。靴下だって、ちゃんと朝からおろすし。お箸だってそう」
「はあ? 何訳分かんないこと言ってんのよ!」
「私は、まだ半人前だから…。それに、この人の子供なら産んでもいいと思う人としか、そういうことはしないよ。子供を産んで育てるのは、大変なんだよ。命がけなんだ。みんな、そんなこと、考えたことないでしょ。お母さんも、おばあちゃんも当たり前にいて、うっとうしいな、なんて思ってて、そんな幸せなことないのに。私のお母さん、私を産んですぐ死んじゃったの、知ってるでしょ? お父さんは再婚もせず、おばあちゃんの助けを借りながら私を育ててくれた。
ずっと、友だちの若くてきれいなお母さんが、羨ましかった。小学校5年生の時だった。授業参観があるけど、もうこないでって、私、言ったんだ。おばあちゃん、そのすぐあと、病気で倒れて入院して、死んでしまった…! 私のせいだ。私があんなこと言ったから! おばあちゃんは、この日が来るのが分かっていた、って言ってた。この日を待っていたと。もう、葵は大丈夫だと。寂しいけど待ってたって…。大変だったけど楽しかったって、亡くなる前に私の頭を撫でながら言ってくれた。私さえ、生まれてこなければ、お父さんもお母さんも、おばあちゃんも、みんな幸せでいられたのに…!」
葵は号泣し、みんな涙、涙で第一回の特別授業は終わりを告げた。窓の外で、こっそり様子をうかがっていた男子生徒も、思わずもらい泣きしたらしい…・

何だか自分はすごく良くしゃべっていると、蘭太郎は不思議な気がした。
「ところで、そっちはどうなんだ?」
蘭太郎は自分の声に目を覚ました。
「夢か…」
楽しかった。教わりたいこと、語り合いたいことが山のようにあるのだ。門馬が突然姿を消してから、一週間がたつ。
「蘭太郎君も、パソコンとか、そうだ。スマホ持ったらいいんじゃないかな。。電話したり、メールしたり、ネットもできるし。写真も撮れる。すごく便利よ」
桜子は門馬のメルアドを知ってて、いろいろ教えてくれた。
草津で時間湯という、一日に何回か、48℃のお湯に3分間入るという、命がけの治療を試していること、取りあえずすぐ帰るつもりだったが、学校を休学して専念することに決めたこと。共同のアパートを借りて、自炊していること。
蘭太郎は壁のカレンダーを眺めた。
「今日は土曜日か…」

「坊ちゃま、どちらい行かれるんです?」
日舞か剣道か、16才の誕生日までに選べと迫られているせいか、このところ、遅刻したり不安定だから気をつけておくように、弟子たちに奥様からお達しが出ている。
「ちょっと、お風呂に行ってくる」
「さようでございますか」
近所に新しくできた、スーパー銭湯に行かれるのかしら? こんな朝早く、やってるのかしら。24時間営業とか?
それにしては、荷物が多いような…
「春子さん、ちょっと…」
蘭太郎が出かけて行ったと思ったら、入れ替わりに蘭太郎の祖父、井上大悟が現れた。
「おはよう」
「お早うございます。ご隠居様」
「見てみなされ」といって、大悟はうれしそうに掛け軸を広げた。
「ご先祖様にちがいない」
「これは、蘭太郎坊ちゃまです。間違いありません。お生まれになった時からずっと存じ上げている、この私が申すのですから、間違いはありません」「ほら、この頬のよこにある、ほくろ」「耳の形もおなじです」
「安土桃山時代のものらしいぞ」
「いえ、蘭太郎坊ちゃまは、奥さま似ですから、それはないのではございませんか?」
吉川春子は、そう言って、にっこりと笑った。

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