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三つの未来

こんなこと、やめた方がいいのかもしれない。淳子さんも、気が進まなそうだった・・・。
そうよ。このまま、十和子さんと一緒に淳子さんの前を通り過ぎていけばいい。そしたら、この馬鹿げた計画は終わる。そうよ、ほんと、私どうかしてた。美保子がそう心に決め、ほっとした笑みを浮かべた瞬間だった。
「それでね、今度の週末、二人で軽井沢に行くことになったの」
美保子は歩みをゆるめた。
「・・・婚前旅行?」
「父の別荘に。彼は近くのホテルを予約したわ」
「ね、ひとつだけ聞いてもいい?」
十和子は足を止めた。
「彼を選んだのは、なぜ?」
「優しい人だから・・・。今はそれしか言えない」
いつものT字路で、二人は別れた。
美保子は遠ざかる十和子の後姿を、じっと見つめた。
これでいいの? 誰かの声がした。
「十和子さん・・・!」
美保子がそう叫ぶと、十和子は美しく輝く笑顔で振り返った。美保子は顔をこわばらせながら、小さく手を振った。
それから、長い長い間、美保子はその時の情景をまざまざと思い出した。
そしてあのとき、私たち三人の運命は決まってしまったのだ、と思った。

道の端に、ぼうっと神秘的な明かりを灯す辻占いの店があった。黒いベールで顔を覆った美しい瞳の占い師がひっそりと佇んでいる。
十和子は吸い寄せられるように、その前に立った。
「占ってくれませんか? 私の未来を」
女占い師は頷くと、白い指先で艶やかな黒い布を開いた。

夜の闇の中に色とりどりの水晶珠が浮かび上がる。女占い師はその上に手をかざし、何事かを唱え始めた。
十和子はそれを真剣な眼差しで見つめた。
「あなたの未来は・・・」
女占い師は、ブルーとフューシャ(赤紫色)とブラックの珠、三つの未来を指し示した。
「(ブルー)とても素敵な恋人がいて、お互いに深く愛し合っている。彼と結婚する前、あなたは幸せの絶頂の中で死んでいきます。彼は良い伴侶を得るでしょう・・」
青い世界、目を固く閉じた十和子の横顔、微笑みを浮かべている。

「(フューシャ)あなたは幸せな結婚をします。子供が一人。彼は悲しみの中で生涯を送るでしょう・・・」
フーシャ(赤紫色)の世界。顔を覆った男が見える。

「(ブラック)長く長く二人は一緒です。気が遠くなるくらいに長い年月。愛も悲しみも消えた暗黒の世界です・・・」
暗闇の中に、蠢いている二つの影。

そっとため息をつき、十和子はブルーの珠に手を伸ばした。

大きな白い帽子にワンピース姿の十和子と、二人分の荷物を抱えた服部が軽井沢駅に降り立った。
黒い高級車が滑るように二人の前に現れ、扉が開かれた。

光が水面にきらめく雲場池近くのレストランで、二人は遅めの昼食をとった。
窓の外は、清々しいカラマツ林が絵のように広がっている。
十和子は、緑の風を思い出した。貸し自転車で二人乗りして、思い切り走った。軽井沢銀座でジャムの試食をして、お互いの頬にジャムがついて、思い切り笑った。高原ジャムの店の、てきぱきとした女主人と賑やかな軽井
沢銀座。きらめく水面の雲場池で、そっとかわした口づけ・・・。
十和子は白いナプキンで軽く口元を拭き、初老のウェイターに声をかけた。
「ご馳走様。とっても美味しかったわ」
「ありがとうございます・・・」
服部は窓の外を眺めた。小鳥のさえずりが聞こえる。
「静かで、いいところですね」
「昔は、もっと静かでした。軽井沢銀座もなくて・・・」
十和子は微笑んた。
「今度はぜひ秋にいらしてください。お二人で・・・」

仄暗い喫茶店の片隅で、美保子と淳子は向かい合ってコーヒーを飲んでいた。
テーブルの上に、白い封筒が置かれている。
「それで彼女が選んだのは、フューシャ?それとも、ブラック?」
「・・・ブルーよ。あの子、何の躊躇もなくブルーを選んだわ」
美保子は絶句した。
「私はただ、望むものは何でも手に入る、十和子さんが憎かったの」
「服部君のことだって、美保子がずっと好きだったのに」
「いえ、私は・・・」
「誰も気が付いてないと思ってた? みんな知ってたわ。服部君と、あの、十和子さん以外。だから私、この仕事引き受けたのよ。こう見えて私、霊感があるの。何だか胸騒ぎがする・・・」
美保子は暗い表情で伝票を手にした。
淳子はテーブルの上の白い封筒を美保子に戻した。
「コーヒーはおごってもらうけど、このお金は貰えないわ。私たち、会うの、これっきりにした方が良さそうね」

大島家の別荘の自分の部屋で、十和子はシャワーを浴びたあと、ばあやに髪を任せていた。
鏡にブルーの水晶珠が映っている。
一人化粧をしながら、十和子は鏡の中の自分の顔をじっと見つめた。クローゼットから、新しい青いワンピースを選び、服部のいるホテルへと向かった。

ドアがひそやかにノックされ、服部がホテルの部屋のドアを開けた。
驚く服部の前に、ひときわ美しい十和子の姿があった。
そして、ドアは固く閉められた。

その翌朝。
十和子は青ざめた表情で、ベッドからすべりおりた。ゆらりと上体が揺れる。眠っている服部を残し、十和子は静かに部屋を出て行った。

みずみずしいカラマツ林の中。碧い朝靄の中。倒れている十和子の美しい死に顔。微笑を浮かべている。十和子の掌の中のブルーの水晶珠が転がる。少しずつ、少しずつ、セピア色に変わっていく風景・・・。

長野新幹線「あさま号」が沿線の秋の景色を切り裂きながら走り去っていく。
新幹線が軽井沢の駅のホームに滑り込んだ。賑やかな大勢の若い観光客に混じって、その中にじっと佇む服部と美保子の姿があった。白髪の混ざる髪と、深く刻まれた皺が長い年月を物語っている。
「美保子は、軽井沢は初めてだね」
けたたましい中年女性達が、すぐ隣を歩いていく。
「友達同士で来たことは・・・?」
美保子は首を振った。
「昔、私にも仲の良い友達が二人いたわ。一人は病気で亡くなり、もう一人は、そうね、もう二十年以上会ってない。最後に電話で話したきりで・・・」

駅近くのアウトレットに続く道を普段着の若者達、着飾った中年女性の群れが、続々と歩いている。駅前でタクシーを拾うと、二人は軽井沢銀座に向かった。

人影のまばらな軽井沢銀座通りを、服部と美保子は黙って歩いた。服部がふと立ち止まり、高原ジャムの店を覗くと、そこには老いた女主人が俯いて座っていた。
雲場池に近いイタリアンレストランで、二人は昼食をとった。冷めた最後のスパゲティを美保子は口に運んだ。
服部は、窓の外に広がる晩秋色のカラマツ林をじっと眺めた。

夕暮れ近くの雲場池で、服部と美保子は並んで池のほとりに立っていた。水面にどんよりとした雲が映っている。
服部が重く口を開いた。
「大島十和子さんを、覚えているかい? 覚えているよね。あんなに、仲が良かったんだから・・・」
美保子は息をのんだ。
「・・・朝、別荘のベッドの中で、心臓発作で亡くなった、・・・」
険しい表情を浮かべ、服部は美保子の肩を掴んだ。
「美保子! 私に何か、言いたい事があるんだろう。ずっと黙っていることが・・」
美保子は顔を歪めた。
「あなた・・・」
「・・・十和子さんを殺したのは、この、私だ。・・・あの日、ホテルの部屋を訪ねて、別れ話を切り出した十和子を、私はどうしても黙って帰す事ができなかった・・・」
水鳥が音を立てて飛び立った。
「心臓に持病のある十和子は、朝、黙って部屋を出て行った。そして誰にも看取られずに、カラマツ林の中で死んだんだ・・・」
服部は涙を流し顔を覆った。
呆然として、美保子は赤紫に染まる雲を見上げた。
あの日、私が知らないうちに選んでしまったのは、フューシャ・・・? それとも・・・。
淳子の声が甦る。
「例え何があっても、あなたは一生この秘密を抱えて生きていきなさい。話して楽になろうと思ってはいけない。それがきっと、あなたを幸せにしてくれる・・」
慄きながら、美保子は夕闇の中に沈んでいく風景を見渡した。
「帰りましょう、あなた。ホテルも何もかもキャンセルして・・・」

その一時間後、暗い闇の中をひた走る長野新幹線「あさま号」の車内に、疲れきった表情の服部と美保子の姿があった。
美保子は目を開けると、車窓に映る自分の掌の中の黒い水晶珠を、そっと握りしめた。

                                    
                         (完)
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